第8話舞踏会は終わらない

 突撃からの踏みつけを器用にかわした人型は、突然の脅威に対しても冷静に反応した。

 右腕を、リズへと向ける。

 布に包まれたその腕は人型のフォルムの中ではやや太く、長い。

 手のひらに小さな穴が開いているのが、リズの瞳にはっきりと見えた。そこから、圧縮された水が名剣の如き切れ味で放たれるのも、しっかり捉えている。

 それでも、リズは避けなかった。


「………ふん」


 一瞬の後、リズは自分の左足を持ち上げた。そこから流れた鮮血を舐め上げ、ニヤリと笑う。

 水はリズの前足の表面を削り、そこで力尽きたのだ。

 当たり前だ。

 人間の身体とは毛皮が違う、内包する筋肉が違う、そして何より、

 人の細腕ならば断ち切る水鋸も、柱ほどある筋肉の塊を切断することは出来なかった。


「そして、ただの水による被害なら、私は直ぐに治せる」


 再生リジェネレーション。吸血鬼を単なる特殊生物から、娯楽小説の悪の帝王にまで格上げさせた能力。

 聖なるものや銀による傷以外、吸血鬼は瞬く間に治してしまうのだ。

 増して、人形は信仰を持たない。彼らには心の拠り所など必要ないのだから。


 武装が効かないことを認識した人型の脳裏に、果たして何が浮かんだか。

 見上げる視界に、リズの腕が振り下ろされた。


 ………………………


「さて、これで問題はないわね」


 人型の人形を叩き潰して、残りは適当に尻尾で弾き飛ばすと、私は少女の姿に戻った。目の前には、塔の上層に向かう階段がある。まさに矢のように、私は広々とした廊下を突き抜けたわけだ。


 駆け寄ってきた二人に振り返る。

 スウィフトさんは顔をひきつらせて一歩後退りした。私が微笑みかけると、喉を鳴らしてロディアの影に隠れてしまう。うん、悪くない反応だわ。


 日頃、それこそ人形と同じように無表情を貫く相方としか接していないため、こういう率直なリアクションは新鮮で愉しくなる。何て言うか………虐め甲斐があるのだ。


「意地悪は止しなよ、リズ」

「あら、私は笑っただけよ?そんなつもりはまったくないわ」


 嘘である。

 自分の精神状態くらい、把握している。今の私は、久しぶりにあれだけの力を使って少々興奮しているらしい。人目が無ければ、ひとつ歌でも歌いたいくらいだった。最高にハイってやつだわ。

 取り敢えず、私はその場でくるりと回った。もちろん、意味はない。


 ロディアが呆れたようなため息を吐いた。申し訳程度に眉も寄せている。


「そんなことしている場合じゃあないよ、リズ。先を急ごう」

「あら?」私はくすくすと笑う。心配性な人形さんね、まったく。「急いだつもりよ、これ以上ないほどね?」


 敵は薙ぎ払った。あとは悠然と闊歩するのが、勝者の特権というやつだ。

 しかし、ロディアは無粋にも首を振った。

 その指がついっと持ち上がり、私の背後を示す。そして振り返るより早く、私の耳に金属音が響いてきた。

 新手かしら、と私は牙を剥き出すように笑う。いいわ、ちょうど食べ足りなかったもの。

 そんな風に楽観しながら、私は優雅に振り返り、そして頬をひきつらせた。


「ねぇ、ロディア?あれは、何をやっているのかしら?」

「ハァ………言っただろう、リズ?


 そこにいたのは新手ではなかった。踏み潰し、撥ね飛ばした人形たちが、各々の身体を分解し繋ぎ合わせて

 全てが人型に組み直された、人形の群れ。それを見ながら私は、まさかという思いでロディアに振り返る。

 ロディアは、嫌そうに頷いた。


「もちろん【風生み鳥】もそうだし、ということは、

「最悪だわ………」


 組み直された人型たち。


 ………………………


 実に最悪だと、僕は肩を落とす。

 因みにだが、もちろん僕は武器など持っていない。破裂石ロアストーンを用いた銃くらいは持っているが、あいにく鞄の中だ。

 これ程事態が早く動くのなら、もっと万全の準備をしてきたものを。


 僕は、ちらりと背後を見る。リズのお陰でもう階段が目の前だが、これだけの物量を相手に逃げられるとは思えない。

 布がない分、継ぎ接ぎだらけの不気味な姿を剥き出しにした人型たち。その腕には、簡易式ではあるだろうが、全員水鋸を装着している。

 工具を人に向けてはいけない、という初歩的な記憶が、僕のなかにふわりと浮き上がる。馬鹿に出来ない教えだ。


「………ロディア。先に行きなさい」

「リズ?」


 一歩踏み出した相棒に、僕は目を丸くした。戦うというのか、この数を相手に?

 確かに、先程は圧倒的だった。だが、一度その脅威を経験した人形たちが、容易くやられるとは思えない。

 躊躇う僕に、リズは大袈裟なため息を吐いた。


「忘れたの?私には【霧】がある。それに再生もあるのよ?勝てなくても負けはないわ。………この先に、その司令ユニットとやらが居るんでしょう?さっさとそいつに、このパーティーを止めさせなさい」

「………………………」


 本来、悩むまでもない。リズの言うことは正論で、反論のしようもないものだ。適材適所、僕がここにいて出来ることなんて何一つ無いのだから、やれることをするべきだろう。

 それは、もちろんそうなんだけど。

 だけど。


 リズが、首を振った。


「ロディア。………常に傍にいることだけが、友情ではないのよ?」

「………わかった。気を付けて。スウィフトさん、行きましょう」


 僕は階段に駆け込んだ。スウィフト氏も後に続く。

 リズは強い。僕は自分に言い聞かせるように呟いた。それで何も変わらないと、知っていながら。


 ………………………


 まったく、と私は苦笑した。


「こういうときだけ、泣きそうな顔をするんだから………」


 、と呟いて。


「さて、詰まらない相手ではあるけれど」


 私は、踊るような気軽さで人形の群れに踏み出した。


踊ってくださるシャルウィーダンス?」


 微笑む私に、超高速の水が殺到する。

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