円谷のノート その2

FM3(Females and Males Matching Machine)について


独身税法の是非が本格的に議論され始めるより前、日本のある企業が仮想現実の拡張に成功する。そのフルダイブ型のVR技術は、仮想現実へ触覚や味覚、意識の大半までも持ち込みも可能なものとして世界的に注目を集めた。それによる健康被害や事件などは独身税法と直接の関係がないため省略するが、長きに渡る議論を経て法整備、健康面の課題がクリアされ、漸く認可される運びとなった。その「第3次VR元年」となった年は、奇しくも独身税法施行と同じ年なのであった。


課税によって結婚を促すとはいえ、そのようにインセンティブでなくペナルティで動くほど人は簡単にできていない。ペナルティがあっても結婚したくないという人もいることはあまりにも明白で、いかにして結婚を促すインセンティブを作るか、それが政府としての課題であることが施行から数年でわかりはじめたのである。


原案として国が主体となるコンパイベントやら恋愛賛美の書籍、映像の奨励やらもあったようだが、どれも逆効果になることは目に見えていた。国による直接の策と言うのは得てして反感や批判を生むことはこれまで数多あった失敗の歴史からも分かりきっていることである。


そこで政府は思い切った策に出た。先の企業の経営権を買収し、フルダイブVR技術を国営化したのである。現実で動くことが出来ないなら仮想現実から国民に働きかけようという窮余の一策が上手くいくかどうかは大きな賭けであったが、仮想現実内で起こる種々の問題に対して国が介入せざるを得ない、というスタンスで行われた国営化はその賭けに一応勝利することになる。


その時、フルダイブVRの普及率は50%ほどだったが、結婚適齢層に限れば普及率は9割に届きかねない勢いで増加していた。国は経営権を買収したものの、半年ほどは運営を監視するのみに努め、導入の機会を伺っていたようだ。そうして件の層への普及率が90%を超えたところで仮想現実内に導入されたのがFM3という人工知能であった。


表向きは仮想現実内の治安維持が目的とされた(FM3はたしかにそれも行っている)が、その内実は少子化対策の切り札であることはすぐに公然の秘密となり、名称募集の結果、結局最上段のような意が込められたFM3という名を冠するに至ったのである。


まだFM3の名がなかった導入直後、初めは不意打ちのような形だったという。まず簡単なアンケートなどがあり、出掛けると仮想通貨のもらえるイベントが運営主催で催されることが決まった。仮想現実に集う若者たちは初の大規模イベントに胸を躍らせ、仮想通貨を目当てに仮想現実内で行われる集いに参加したところ、どうにも気の合う異性に多く巡り合った。とこういう次第らしい。


政府の切り札、それはつまり原案にあった通り国によるコンパイベントを「仮想現実で」行う、ということであったのである。


これによる利点は枚挙に暇がない。時間的、距離的制約を無視できる点、匿名性により参加のハードルが低い点、そしてなにより人工知能が参加者を決めているという点などが挙げられる。先のアンケートにより各個人の異性への選好はおおよそ把握せられ、それによってマッチングするであろう人物のみが同じ区画に集められ、イベントは開催された、と推察されている。


人が一生掛けて出会う事の出来る人数は平均3万人だという。人口が減少しつつあるとはいえ腐っても元1億人国家、結婚適齢層に絞っても相手は何千万人といるのである。そこからピックアップされたえりすぐりの相手との突然の出会いに各所で恋が頻発した。FM3の恐ろしい所は二人がより愛を育むことのできる周辺環境の構築(会場近くのホテルは成立したカップルの数と同数ほどの空きがあったという)や偶然を装った必然の演出(かつての知人との再会など)までを一手に担ったという点である。


「偶然」、会えなくはない距離に置かれた彼ら彼女ら仮想現実内のカップルはそれならとばかりに現実でも結婚する例がぽつぽつと生まれ始め、政府の策が成功したことの証左となっていた。


恋愛において顔は大事なファクターであるが、その点もクリアしている。そもそも美容整形技術の発展と抵抗感の減少といった「現実世界での働きかけ」もあったのだが、先の法整備の段階で政府は、あまりにも人間に酷似したアバターは禁止としていた。せいぜい獣人が関の山である。そのため仮想現実にありがちな理想過ぎる理想の構築もなければとんでもない落差というものもなく、もはや人格面で惚れた相手である故、あばたもえくぼ。すべてとは言わずとも過半数のカップルが現実を受け入れているのである。


しかし、簡単なアンケートのみでここまで完璧にマッチングできるものだろうか。政府、運営は一蹴したが、フルダイブ用の機材によって脳波を読み取られているという噂は絶えない。仮想現実での会話や交流がいかなものであればその個人は満足するのか、すべてはFM3に集められているというのは仮想現実内で最も流布された都市伝説である。


このように今日に至るまでFM3はもはや現代社会に欠かす事の出来ない仮想現実で治安維持の片手間に男女のマッチングに活躍している。暗躍と言ってもよいだろう。特筆すべきは、これが公然の秘密でありながら特に大きな問題になることなく国によるコンパ、或いは結婚相手斡旋制度が成立している言う事実である。結婚、恋愛まで至らずとも同好の士を見つけることはできる。同好の士であるなら同性であっても構わないだろう。故にこのイベントは非常に満足度が高く、半年に1度の定期開催が続いており、あくまで「副次的なものとして」恋愛、結婚に繋がっているとするのが一般の見方である。

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