独身貴族党、結党

「そもそも、結婚や恋愛などというシステムは人間の創りだした玩具に過ぎないのである!猿のつがいが指に輪を嵌めるか?オシドリの夫婦がハワイまで新婚旅行に出掛けるだろうか?断じて否である!」


調子に乗るとどうも古風な口調になってしまう。かつてあったという学生運動中の学生なんかもこの調子で演説していたのだろうか。


円谷は自分でも驚くほどの大声を上げながらぼんやり、こんなことを思った。仮想現実とはいえ人前に立って演説する機会というのはそれほどあるものではない。演説が始まる前、昔の人は緊張をほぐすため、手に「人」の字を書いて飲み込んでいた、という話を加賀見にすると、人を食ったような、っていうのはそういうことだったのかぁと勝手に納得していたが、果たして本当にそうなのだろうか。当の加賀見は人集りの後方で聞いているのか聞いていないのか、コートの襟口に顔を埋めて目を瞑っているようだった。


「人間だけが結婚というシステムを用いて本来自由であるはずの人間を”家”だの”家庭”だのというものに縛りつけようとしている。それはなぜか。」


「偏に人間の弱さ故である!原初、結婚というものは存在しておらず、生殖、繁栄があるのみであった。ところが人は、国や家を作り、寄り集まるようになっていった。」


「その時点でヒトに恋愛感情なるものが存在していたかどうか、確かめることは出来ない。恐らくあったのだろうと考えるのが妥当だ、私はそれを否定しない。そうした中、社会が発展するにつれて結婚というシステムが構築されたのは何故か。家同士の結びつきを強くする、子孫を残しやすくする、様々な建前が用意されていたが私はこれを看破した。結局のところ彼らは弱いのだ!一人では生きていくことすら叶わず、他人に寄りかからずには生きていけない弱き者が結婚という詭弁を持ち出してきたのである!病気、飢饉、対外的にあらゆる危険の伴う古代ならいざ知らず、この高度に管理された社会において結婚などは時代錯誤も甚だしい行為であると私は固く信ずる!」


加賀見がどこからか連れてきた100人ほどの若い聴衆たちは演台の正面から私を見据えて何か考えているようであった。隣同士で何か言葉を交わす者たちもいた。当初訝しげに円谷を見つめていた視線に、なにか期待や当惑のようなものが混ざり出したことで、円谷は手ごたえを感じ始めていた。それによって演説の調子も上がってきたのか、語調はどんどん平生のものとかけ離れていくのを理解しながらも止めることは出来なかった。かつて歴史小説で読んだ名演説のようだと陶酔を感じつつ、用意していたセリフに挑む。


「さて、私たちが幼い頃に施行された独身税法。これはあからさまに人間の自由を束縛し、弱者たらしめようとする愚策であると言わざるを得まい。当時の国民は余程愚かであったと見える。はっきりさせておくが、私は彼らが結婚するというのは一向に構わない。祝福すらしよう。だが、彼らなりのルールが私にも適用されるというのはお門違いだ!人間は一人であっても、いや一人であればこそ気高く、高貴に生きようものなのだ!」


「2人3脚で1人の時より速く走れるか?走ろうと思えば足がもつれ、倒れ込むのが関の山だ。それで生まれた傷を舐め合い、再び立ち上がってゴールを目指すことの何が美しさか!私はそのうちに1人、ゴールを抜け、次のレースに備えていよう。」


「しかし私は個人主義であっても孤独主義者ではない。一人でどうにもならないことは山ほどある。一人で400m走るより、どうしたって4人でバトンを繋ぐ方が早いのだ。そういった協力は惜しまず、ただし個人は全力で走る。それこそが人間の有るべき姿だ!そうではないか諸君!」


仮想現実において現実の個人がいきなり特定されることはない。各人が思い思いの姿形をしているし、何より特定のリスクを恐れているからだ。しかし匿名性に依る気分の高揚などはかつてのネット掲示板の比ではない。第一没入度が違う。つまり表現が過剰になりがちなのである。


演説の最中、円谷もそうであったが、観衆もまた熱狂した。恐らくは加賀見の人選にもそういった意図があったのだろう。円谷が観衆に呼びかけたところで最前列に構える学生らしき男たちが同調の叫びをあげた。釣られるようにまた声のボリュームを一段と大きくする円谷に後列からヤジが飛んだが、なんのつもりか声の主は加賀見であった。しかしすぐに彼を批判する声が各所から上がり、会場は騒然となる。敵を得たその他の聴衆は勢いを増して円谷に賛同することで、加賀見の退場を要求した。結局加賀見は会場から姿を消し、それに伴い敵を排除した聴衆の高揚と白熱が仮想現実の会場を包み込み始めていた。


とんでもない策士がいたもんだ。円谷は思った。


「私はこの国の在り方をもう一度問う必要があると思う。いまではほとんど聞くことが無くなってしまったが、かつてこの国に“独身貴族”という言葉があった。金や時間を余すことなく使う事の出来る独身者を揶揄する言葉だ。しかしここには独身者への憧憬、嫉妬があったと私は見ている。そうしてもう一つ、“結婚は人生の墓場”という言葉もあった。これは字面の意味するままに受け取ればよい。」


「この2つの意味するところはもうお分かりだろう。諸君、独身者こそが正義なのだ!崇高なる我々独身者の手によって独身税法を廃し、今一度日本を自然の姿に戻そうではないか!“結婚は人生の墓場”これをモットーとし、今ここに、『独身貴族党』の結党を宣言する!」


この日一番の歓声が上がり、たったいま党員となった者たちは各々その意義と一筋の光明が差した将来に目を向けているようだった。演台を降りた円谷の元にどこからともなく再び現れた加賀見はその姿を全く変えていた。さすが、と一言放ち、モニターに映る演説のリプレイを見遣った。


「俺が調子に乗るとわかってて演台に載せたんだな、この小悪党。」

「ノリノリだったからいいじゃないか、気持ちよかったでしょ実際。」


図星を突かれた円谷は、黙るのも癪だったのでこんなとこで女性向けアバターに変えるなんてどうかしてるぞ、とだけ返した。加賀見はにやりとして、挨拶のために未だ熱狂冷めやらぬ党員の元へ歩いて行った。

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