独身税を払ってください。

梅花藻

独身税の夜明け

いわゆる独身税が導入されるまでには色々な議論があったという。


法的根拠はあるのか。

徴収方法や使途はどうなるのか。

同性愛者、無性愛者に対する人権侵害なのではないか。

結婚したとしても子供が生まれるとは限らない。


などなど、ありとあらゆる方面から意見が噴出し、国会議事堂のみならず日本中が紛糾した。それでもこの法案が可決され、今日まで続いてきたのは、時の江國首相が意地の悪い質問を繰り返す記者に苛立ちの中で放った言葉に依るところが大きかったと聞く。


「日本人はもう1億人も居ないのだ!あんたも分かっているだろうが!」


寿命の伸長は留まるところを知らず、年金制度はとうに崩壊した。出生率は1.5を超えることなく人口ピラミッドはジェンガのようにグラついて定年は70歳まで引き上げられていた。それでもなんとか日本国が存続していたのは僅かばかり進んだ科学技術と移民のおかげであったと言える。


しかし最早一刻の猶予もないことは誰の目にも明白、というより期限は20世紀の終わり頃にとうに過ぎていた。この崩れゆく国を支えるために誰が下敷きとなるか半世紀以上ババ抜きをしていたようなもので、かの首相はその役をつい買ってしまった形になった。


もはや一億総出で火の玉になることも出来なければ懺悔することも出来ず、当然白痴化もしなければ活躍もしない。人口爆発未だ収まらず総人口は90億以上に膨れ上がったこの地球上に日本人は1億人もいない。事実として国民は理解していたのであるが、常時は冷静ゆえに人間味の薄いと言われる首相の口から、あまりにも生々しい実感として吐き出されたその事実はたちまち列島を覆い尽くした。その言葉が流行語大賞に選ばれる頃には信を問う解散総選挙が行われ、結局独身税法支持派の与党は多くの票を得て可決の方向に定まったのだった。


当時のメディアによると、急先鋒的な意見にしては珍しい投票結果が出たのだという。若年層のみならず高齢層からも多く支持を得られたのだ。かつて世界第2位の経済大国であった面影はとうに失われ、人口の縮小と共に国連の中でも中堅国と成り下がってしまった。高齢層の話す「バブル期」は歴史を知らない子供たちには妄言としか受け入れられなくなるほどであった。察するに彼らはどこかで悔やんでいた。もっと早く立て直すことが出来たのではないか、その思いが可決の一因になったことは間違いないだろう。


かくして独身税法、正確には「結婚や出産に関する特別措置法」は施工された。驚くべきことにその後10年のうちに出生率は1.8にまで回復し、独身世帯は減少していった。それは日本人の意識の変革によるものか後に導入された人工知能FM3の働きによるものか、恐らくは双方の影響があったのだろう。


勿論良い面ばかりでなく、偽装結婚や詐欺、再燃した人権問題などは大きく取り上げられ報道されていたが、全体としてはうまくいっていた。国際社会における日本のプレゼンスは大きく向上するであろうという上向きな意見も散見せられるほどであった。


ただし、いつの世もひねくれ者というのは存在するものだ。


彼らをひねくれ者と呼ぶべきなのか、はたまた義勇の士と呼ぶべきなのか。それは後世の評価に任せるとしよう。

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