憂鬱から脱したい、その心強く――

 ランチタイム、衛士達行きつけのファストフード店にて。


「あの渋谷っていうお前の彼氏さ――」

「もう彼氏じゃないよ。あんな思い上がった奴なんて」

 衛士の言葉に食い気味で反応する芽衣子の食は、言葉の勢いとは裏腹に進みが遅い。


「向こうはまだそう思ってないんじゃねーの」

 賢吾が口を挟みつつ、てりやきバーガーを形が崩れないようにして頬張る。その質問には黙りこくって返事もしない芽衣子を横目に、衛士は仕方が無いとばかりに賢吾へと向き直った。

「学校での騒動中も気になってたけど、賢吾は二人の事知ってたのか?」


「まあ、学年内じゃ割と有名だな。――悪目立ちするっていう意味でだけど」

 芽衣子を見ながらはっきりと難癖を付けようとする賢吾。芽衣子は尚も黙ったままだったが、賢吾は彼女のそんな様子も気に入らないらしかった。

 

 二人してそんな感じじゃ、結局俺がよく状況を掴めないじゃないかよ――


 衛士は鼻を鳴らしたが、芽衣子の目の前に在る殆ど手つかずのチーズバーガーセットに視線を移す。

「……とにかく小暮も食べろよ。家じゃないんだから、冷めても出来ないぞ」

 食べ物をきちんと食べないのは勿体無い。諭すように言ったその言葉に、芽衣子が再び口を開いた。


「芽衣子で良いよ。衛士君って優しいね」

 遠慮がちに衛士と呼んで、芽衣子は

「なんかお母さんみたい」

「そりゃさくらちゃんの面倒見の良さは天井知らずだからな」


 先に賢吾がそう答えてしまって、衛士はそれには嫌な顔をする。

「お前らがいつもそんな風に擦り寄ってくるから、俺のストレスが余計に溜まるんじゃねーかよ」

「さくらちゃんって呼ばれてるんだ?」

 芽衣子が意外だという顔で聞いてくる。


「お前は呼ぶなよ」

 間髪入れずに放った衛士の牽制の言葉。

「私は、衛士君の方が良いかな」

「ああ、そういう呼び方のが普通で良い」


 芽衣子の返答の中に隠された含みの部分を、衛士は流していた。芽衣子は衛士の様子を見てから、チーズバーガーを

「話し戻すようで悪いけどよ、渋谷はさくらちゃんを目の敵にしてると思うぜ」

 賢吾の言葉に衛士、そして芽衣子も顔を向ける。


「……思った通り面倒臭い奴なんだな、渋谷って」

「不良一派のリーダー格だぜ。最初は割と真面目だったみたいだけど、ある時高校デビューを果たしてから目立ち出したんだ」

「青春してんじゃねーか」

「うーん、間違っちゃいないんだけどな。でもさくらちゃんの青春ってフレーズの使い方さ、俺やっぱり微妙な所で間違ってると思うんだよなぁ」


 軽快なノリで話している二人に、芽衣子はいつ口を挟もうかと気を窺っていたが――

「ねえ衛士君、明日どっか遊びに行こうよ。私なんだか、凄く遊びたい気分」

 意を決してそう言った。彼女は意を、決したのだ。


 しかしその言葉には先に賢吾が反応する。

「小暮よぉ、さっきの俺達の話聞いてたか? これ以上渋谷がさくらちゃんへの敵意を増すような事をするんじゃねーよ」

「だからあいつとはもう恋人でも何でもないってば!」

 芽衣子は憤慨するが、賢吾は引かない。


「それは渋谷の方もそう思ってなきゃ意味ねーよな。俺達の去り際を見てた時のあいつの顔は、とてもそんな風じゃ無かったけどな」

「う、それは……」

 芽衣子を押し込んでみせる賢吾。普段は衛士を立てる為に一歩下がった位置に居るが、彼も中々に肝が据わった男子なのだ。


 その賢吾が一目置く衛士が冷静に口を開く。

「どの道明日は無理だよ」

 淡々と止めを刺そうとする言葉に、芽衣子は逆に熱くなって身を乗り出す。

「なんで?」

「明日は弟と遊んでやるって約束しちまっててさ、だから」

 それ以上の返答は無かった。衛士にとっては何より弟・優士との都合が優先される事を知らない芽衣子は、眉間に皺を寄せてしまうのである。


「弟って……もしかして私、体良ていよくあしらわれてる?」

 不機嫌にまでなる芽衣子に、賢吾は溜息だ。

「だから面倒臭いってんだよ、

「ごめん内藤君、今は黙ってて欲しい」

「俺は苗字なのかよ。まあその方が有り難いか」


 賢吾は独り言のように言って、一番に食べ終わった締めとばかりにジュースを飲み干していく。

 芽衣子はもう賢吾に構うのを止めようと思った。


「弟って、幾つなの?」

「九歳、可愛いぞ」

 そう答えた衛士の顔はとても晴れやかであり、そのとても晴れやかな衛士の顔を見た芽衣子はと、一つの負けを確信した。しかし……


「……分かった。じゃあ来週なら良い? 土曜か日曜か都合の良い日で構わないからさ」

 しかし芽衣子にも意地は有る。このまま引き下がれないとばかりに更なるチャンスに食らい付いていく。きっと、楽しいランチタイムなファストフード店の雰囲気とは、不釣り合いな泥臭さだったろう。


 衛士はそんな必死の顔をしている芽衣子を、憐れだなと思って冷静に見ていた。

 強い少年というものは、少女の憂さを晴らす為に用意された道具なんかじゃない。彼には彼の意思が有る。


 でもだからこそ――


 芽衣子を憐れだなと思っていた衛士はその強い心から……気紛れを起こした。

「あー、そうだな。……土曜に家の用事とか弟の事とかある程度しておけば、日曜は行けると思う」

「ホント!? だったら来週の日曜で、決まりね!」

 芽衣子の念押しに、衛士は頷く。


「で、どこ行くんだ?」

「えー、そこは男子なんだから衛士君がパッと決めてよ」

「そうか。じゃあ遊園地かな」

「本当にパッとね。でも気に入ったわ」

「そうかよ」


 芽衣子が明るい顔になった事に、衛士はふと微笑みを返す。

 賢吾はそんな衛士の様子を見遣って声には出さずに思ったのだ。


 さくらちゃんって家事の重みを忘れる為に、時々こういう気紛れを起こすんだよな。面倒臭い展開だけど、さくらちゃんが決めたなら俺は口出ししないぜ――


 きっかけは憂さ晴らしに過ぎず。……それに巻き込まれた形となる衛士の受難なのか、そうでは無いのかはまだ分からない。

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