衛士と桜花・1

 夕方の佐倉家。

 衛士は弟の優士と、そして宮原桜花――二十三歳――との夕食を済ませていた。


「衛士君、さっきから携帯ばっかり弄ってるけど何してるの?」

 一人食卓に着いたままそうしている彼に、桜花が声を掛けたのだ。

「うん」

 衛士は短く返事をして桜花を見遣る。


 彼女は清潔感の有る白地のブラウスに、タイトジーンズをそのスリムな体型で着こなしていた。

「ちょっとダチとのをさ」

 ここで言うとはトークアプリ上のメッセージのやり取りの事である。


 少し離れた所では優士がソファに座りながらテレビ番組に集中している。

「あはははは」

 無邪気に楽しんでいる優士の笑い声に、衛士は安堵の息を漏らす。


「テレビに熱中するまでは一々こっちに向けても話し掛けてくるから大変だったでしょ?」

 自分が普段している事をさっきまで代わりにやってくれていた桜花に、感謝の意を示す。


「賑やかな子の相手をしてるのは私も楽しいし、それにご飯食べさせて貰ってる分のお返しとしてこれ位はするよ」

 桜花はにこりと笑いながら答えた。黙っていれば粛々とした大人の色香を感じさせる彼女だが、口を開けば見た目に反して子供っぽい話し方をするから、衛士としては少し調子が崩れてしまう。


「桜花さんって服屋で働いてるんだっけ」

「服屋って……アパレルとかって言って欲しいなぁ」

「高校生でそんな言葉が出るかよ」

「良いけどさ」


 桜花は、しかし口を尖らせていた。

「日曜に休みが取れるって中々無いのよ。今回はラッキーだったの」

「別に聞いてないけど」

「ちょっとっ!」


 釣れない態度で距離を取る衛士に桜花が詰め寄る。

「近いよバカ!」

「キミが友達とのにばっかりかまけてるからでしょっ」

「うるせえな。ちょっと相談受けてんだからいい加減には出来ないんだよ」

「え、相談ってもしかして恋の話!?」


 怒っていた風な桜花がころっと態度を変えて興味しんしんに尋ねてきた。

 何なんだよこのアマ――それが衛士の素直な感想だった。


「まあそうだけど」

「へぇ、男の子の友達?」

「いや、そっちの方の相談は今日の昼に済ませた。今はの相談に乗ってる」

「……えっと、どゆ事?」


 きょとんとした顔をしている桜花に衛士は冷徹な表情を向ける。

「桜花さんには難しい話だよ」

「ちょっとぉ! 大人を馬鹿にするの良くないっ!」

「そういや何歳だっけ?」

「花のっ、二十三歳よっ」


 七つ上だったのか……何となく差が想像付かんから別に態度を変えなくても良いだろ――


「……ええっとな、要するに既に付き合ってる男女の両方から別々に相談されてんの」

「うんうん。そうやって素直に話してくれればお姉さんにも分かるのよ」

 もう気を良くしている桜花から、衛士は以前にも感じたを受けてイラついた。が――


「じゃあお姉さん。一緒にこの女の方――千紗って名前なんだけど、こいつと彼氏の喜亮の心の行方を今から一緒に追ってくれないか?」

 衛士のそんな申し出に、桜花はこくりと頷いた。

「良いですとも。いたいけな高校生カップルの悩みなら放っとく訳にもいかないもんねっ」


 どこか愉しんでいる風な桜花に、衛士もまたほくそ笑んだ。

「オッケー」


 直接このひとと向き合うよりは心労が少ないからな。同時に桜花さんのを見極めてやるぜ――


 衛士には無自覚だったのだが、この年上女を乗り越えていきたい――という欲求が生じていたのだ。

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