さくらちゃんの恋愛相談
これまで佐倉衛士にとって土曜日は割りと落ち着いて過ごせるものだった。授業は四時限目までしか無いし、通学前にきちんと弟・優士の昼食を作り置きしてさえおけば、放課後は羽を伸ばす事が出来たのだ。
そう、これまでは……
クラスメイト達が楽しげに語り合う中、衛士は自分の席に腰掛けたままスマートフォンの画面を凝視していた。映っているのは所謂トークアプリの内容で、そのやりとりは昨日の履歴上のものである。
(優士:桜花おねえちゃん明日の土曜また家に来てくれるんだよね?)
(桜花:うん。日曜休みだし今度はゆっくり出来るよっ!)
(優士:やったー)
(衛士:優士、桜花さんを遅くまで居させちゃ悪いから程々にな)
(優士:えー)
(桜花:あはは……)
弟の優士と宮原桜花との三人グループでの会話文。この文面の通り、今日はあの宮原桜花が再び佐倉家にやって来るのである。
あのスーパーでの特売玉子争奪戦の映像が衛士の脳内で再生された。
「……くそ。全体的に腹立たしいけど、一番頭に来るのはやっぱりあの時のあの女の顔だな」
そう悪態を吐く衛士に近付く二つの影――
「さくらちゃんどうした? なんか遠くを見つめてよ」
「佐倉~、今日こそ千紗の事相談に乗って貰うからな」
クラスメイトの賢吾と喜亮だ。
「ん……そういやそんな話も有ったな。分かったよ」
「よっしゃ! これでやっと心が憂鬱な日々から解放されるぜ」
「喜亮は阿呆みたいに喜んでるけど、さくらちゃん本当に大丈夫か?」
どこかうわの空な衛士を気遣う賢吾に、しかし当の本人は構うなとばかりに掌を向ける。
「悪い、ちょっとぼうっとしてたけどもう平気だよ」
そう言って微笑んだ衛士は確かに今までの生き急ぐような感じとは違う、大らかで頼りがいの有る雰囲気を放っていた。
弟・優士の面倒を見るという使命から解放されている時は、彼もまた一人の高校生なのである。
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ファストフード店で三人昼食を取りながら、衛士は喜亮の話に耳を傾けた。
「千紗の様子がおかしくなったのは丁度先週の土曜デートした時さ」
「ふぅん」
喜亮が気付いたのが先週って事は、その倍くらい前には千紗はもうおかしかったんだろうな――
既に自分の予測を巡らせながら、先ずは喜亮の不安を吐き出させる意味で話を続けさせる。
「デート中にいきなり、か?」
「そうだよ、俺もうビックリしちゃってさぁ」
「女は突然態度を変えるからな」
自分で言いながら、この時衛士の脳裏に、あの玉子を取り合った時の桜花の顔が浮かんだ。
「ちっ」
思わず舌打ちをしてしまう。
「どしたのさくらちゃん? 急に――」
「佐倉ぁ、千紗の事は怒らないでやってくれよ。きっと俺が悪いんだよぉ」
「いや、すまん。お前達には関係の無い事なんだけど、それを思い出して怒ったんだ。忘れてくれ」
「なら良いんだけどよ」
賢吾がそう言いつつも怪訝な顔をするが――
「俺がデート中に千紗の気に入らない事をしたからなんだよぅ、だから……」
喜亮が情けない声を上げた事でうやむやになってしまう。
「おい店ん中で大声出すなよ。周りから俺とさくらちゃんが変な目で見られるだろ。な、さくらちゃん」
「俺は別にこれ位はどうって事無いけどな」
「マジか!? 流石そうやって堂々としててこそさくらちゃんだな!」
衛士が格好付けたような事を言うと賢吾は大層喜ぶみたいだ。
あのダメ女のタダ飯食らいに騒がれるのに比べたらこの程度は軽いもんだ――
「てかさぁ、賢吾だってうるさいじゃんよ」
「うっせえ、さくらちゃんを褒める時なら良いんだよ」
「話を拗らせるな」
衛士が冷静にツッコミを入れて、うるさくしていたどっちもが落ち着く。
「
「ごめんよぅ」
もうさっさと千紗からも相談を持ち掛けられたのをバラした方が良いかな?――
少しばかり面倒になってしまった衛士はそんな事を思いながら、紙カップに入った炭酸ドリンクを飲む。
しゅわしゅわした喉越しを堪能し、紙カップを置いた衛士は喜亮に向けて口を開く。
「……げっぷ」
この辺はやっぱり高校生だ。
「おい」
「おい」
この時ばかりは賢吾と喜亮も息ぴったりにツッコミを入れて、衛士は――それでも素知らぬ顔をして見せ、再度口を開いた。
「デート中千紗がどんな感じだったか具体的に例を上げてみろ」
「う、うん。俺が今日も可愛いなって言ったら、いつもだったらありがとうって言ってくれるのに、それから?って言ってきてさ……」
「なんて答えた?」
「すっげぇ可愛いって答えた」
「ふん、死ねよ」
「ええ~!?」
「ぷっ」
衛士の刺し貫くような一言に喜亮は派手に驚いて、賢吾はさも楽しそうに吹き出した。
「他には?」
衛士はさっきの死ねよ発言はもう無かったものとして、尚も例を上げろと促した。喜亮は驚きながらも素直に従ってしまうのだ。
「うん……ええっと、外で遊んだ後千紗の家に行ったんだけどさ――」
「お前ら親公認の付き合いだもんな」
賢吾の言葉にしかし喜亮は首を横に振る。
「あ、それはそうなんだけど……その、そん時は親御さんが出掛けて留守だったんだ」
賢吾と衛士が顔を見合わせた。
「さくらちゃん、これは……」
「ああ、あれだな」
衛士はそこで暫し黙った。――こういう事には如何にも意気地が無さそうな喜亮に合わせて言葉を選んでいたからだ。
「……千紗の部屋でゲームしてたか? それかビデオでも観てたか?」
「ゲームだよ。お互い携帯機で通信プレイ――」
「そうか。千紗はゲームが上手いからな」
「そうなんだよ。俺がやられそうなのを何度も助け――」
「画面の中の千紗のキャラはさぞ輝いてたんだろうな」
さっきから衛士がやけに食い気味に言葉を返すのを、喜亮は見事な合いの手だと感心していた……隣の賢吾が微かに引きつった顔で衛士を見ていたのに気付けていれば、その感想は変わっていたかもしれないが。
「うん。千紗とゲームすんのは本当に楽しいんだ――」
突然衛士がばん! とテーブルを叩いて、喜亮は派手に驚いた。
「うおわあっ!?」
「お前を助ける度、お前が間抜け面で『千紗ありがとうっ』とか言ってる度に、千紗の心は逆に傷付いてたんだろうなっ!!」
衛士の怒りの表情に喜亮は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていたが、やがて同じ顔のままこう言うのだ。
「すげぇ、実はその通りだったんだよっ! いきなり不機嫌になってさ……でもなんで分かったのぉ!?」
派手に驚く喜亮を今度は無視して、衛士は賢吾へと非難の目を向ける。
「おい賢吾、この程度の話ならお前一人でも何とか出来たんじゃないのか?」
「いや、だってさ。俺はさくらちゃんがこの阿呆の悩みをどう料理するかが見たかったから」
「阿呆って!?」という喜亮の言葉はまたも無視された。
衛士は賢吾を睨み付けた後、溜め息を吐く。そこまでしてからようやく再び喜亮の方に向き直った。
「その後千紗とどういうやりとりしたんだ?」
「つまんないから帰ってって、追い出されてさ……何もしてない……」
「お前はこの後にでも千紗に会いに行け」
「でも千紗あれから俺を避けてるし……」
「だからこそこっちから強めに行くんだよ。なんなら言葉より先ず手を握れ。そうすりゃ驚いて言う事聞くようにもなるさ。そしたらそこで『悪かった』って謝ればいい」
「うーん……でも急にそんなガツガツいって良いのかな……?」
「ああ。お前みたいなのがそうやるから良いんだよ」
この時の衛士は大層悪い顔をしていた。その様を見た賢吾がニヤニヤと笑う。
「お、出たよさくらちゃんの必殺の顔が。喜亮、この顔で言われたならきっと大丈夫だよ」
賢吾の言葉にも後押しされ、喜亮はおずおずと頷いた。
「分かったよぅ。や、やってみるぜ」
「その意気だ」
「ふん。上手くいったら次は奢らすからな」
衛士はもう普段の顔になって軽口を叩く。
「うん。ありがとうな、佐倉ぁ」
まだ結果が出た訳でもないのに礼を言う喜亮に、衛士はふふん、と笑みを零す。それから――
「ちっ」
舌打ちをした。
「えーーー!? なんで怒るんだよぉ」
「あ、いやすまん」
「さくらちゃんマジでちょっと変じゃね?」
賢吾にまで訝しむような顔で言われて、衛士はばつが悪い顔になる。
「本当に何でもないから」
よりによってあのダメ女の笑い方が移っちまうとはな……
それは教室で思い出していた特売玉子争奪戦での、桜花が見せた年上女の余裕を含んだ笑みであり、衛士の心に妙に刻み込まれた仕草だったのだ。
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