第13話 「マッチ」売の少女

 「マッチ、マッチはいかがですか?」


 小雪の降る今年最後の夜を家族と過ごすべく人々が急ぎ足で歩く中、一人の少女が電車の駅前で行き交う人々へすがるように声をかけていた。


 冬の夜だというのに、見るからに寒そうな薄手の服を着た13、14の少女を、哀れみの目で見る人はいたが、何かと忙しい大晦日に関わりたくはないのか、急ぎ足で立ち去る人がほとんどだった。


 「さむい、さむい、さむい、さむい」 


少女はそう呟きながら、冷え切った手を擦り合わせた。 


 そんな見慣れない少女の様子を遠くから見ていた男が一人いた。


 この時期になると、家出してきた少女がたどり着いたこの街の駅前でこの先どうしようかと途方に暮れていたりするのだが、男はそんな少女達に声をかけ、勤め先を紹介してやると行って、水商売や風俗に紹介し、その紹介料を取る仕事をしていたのである。


 この街くらい大きい街になると、充分に喰っていける仕事だったし、紹介した少女がその店のナンバーワンにでもなろうものなら、ボーナスも出たのであった。


 「いくらだ?」


 哀れみを持ったわけではなかったが、少女を見ていると、十年前にこの街へやってきた自分の事を思い出したのである。


 テレビタレントを夢見て田舎から出てきたのだが、芽は出る事もなく、貧乏暮らしが何年も続いた。


 借金も重ねて喰うものに困り、ダンボールとガムテープをかじって飢えを凌いだ事もあった。 


茶色いガムテープはチョコレートの味、緑のガムテープはメロンの味がするという噂を聞いて試してみたが、そんな味は当然のようにしなかった。


 そんな日々も夢を諦める事で精算出来た。


 今は生きていくためだけに働いているのである。


 労働万歳!!


 「ありがとうございます!ありがとうございます!!」


 少女はうれし泣きをしながら男に何度も頭を下げたのだった。


 100円だというので、男はポケットから取り出した小銭を全て渡した。


 「釣りは良いから」 


 大きな瞳に、厚めの形の良い唇、以外と可愛い顔をしている少女に機嫌を良くした男は笑顔でそう言った。


 総額で1000円は超えているくらいの金額にはなる。


 少女は深々と頭を下げて礼を言うと、小銭を自らの財布にしまってから言った。


 「じゃあ、何にしましょうか?」


 「え?マッチなんだろ?」 


 「マッチと言ってもいろいろあるじゃないですか、ギンギラギンにさりげなくとか、愚か者とか」


 「そっちのマッチかよ!?」


 「真夏の一秒でも、ロイヤル・ストレート・フラッシュでもいいですよ?なんなら、ヨコハマ・チークでもいいですよ?」


 「渋すぎるよ!! マッチと言えば、スニーカーぶる〜すとか、ギンギラギンにさりげなくとか、愚か者とかの有名所があるだろう?」


 「もちろん、それも出来ますよ?どれが良いですか?そう言えば、多めにもらっている事だしメドレーにしましょうか?」


 「じゃぁ、メドレーで頼むよ」


 男がそう言うと、少女は歌い出した。 


 伴走まで口ずさみながら、少女は近藤真彦の曲をフリ付きで歌っていた。


 先ほどまでの悲壮な表情は消え去り、光り輝く舞台の上で歌うスターそのものだった。


 いつしか少女と男の周りには、人が集まりだして、駅前に大きな人垣が出来ていたのである。 


 男はそんな様子に驚きながら、道端に転がっていた空き缶を拾うと少女の前に置いた。


 歌い終わった少女が頭を下げると、人々が続々と少女の前にやってきてねぎらいの声をかけながら、空き缶に小銭を入れていったのだった。


 中には千円札を入れた人もいた。


 男は頃合いを見て少女の手を取り、金の溢れた空き缶を拾うと人混みの中を抜けて路地に入った。


 「正直言うとな、俺はたのきん世代じゃない。イカ天世代だ。だからマッチの曲もそれほど詳しい訳じゃない」


 男から金のつまった空き缶を渡されながら、少女はそんな男の話を少し落ち込んだ顔で見た。 


「そうですか。そうですよね。死んだ両親が好きだったくらいですから。ファンクラブにも入っていたそうです」 


 「そう言えば、俺の姉ちゃんも入ってたな。……他に何か出来るか?」


 「……ちあきなおみか、さだまさしなら……和田アキ子もそれなりに」 


 「そうか、とりあえず何か食いに行こうか。大晦日だし、奢ってやるよ」


 男は笑顔でそう言いながら、少女の手を取り歩き出した。



 数年後、少女が天才歌手としてメディアを席巻し、ビルボードにランクインする事になるとは、少女の才能を信じていた男にもまだ解ってはいなかった。  

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