第12話 蜜月の檸檬










風呂から上がったばかりの私が、居間に置いてあるテレビの前に腰を下ろしたのは日曜日の深夜の事だった。



 「捕まった犯人って、女だったのよ」



 テレビの中では、私の住むこの街で起きた連続爆弾事件の犯人が逮捕されたというニュースが流れている。



 最初の時限式爆弾発見から2ヶ月が経ち、その犯人が捕まったと言う第一報が報道されたのは数時間前の事であった。



 そしてその犯人の名前を知ったとき、私は驚いた。





 「爆発することのない爆弾を仕掛けて回るなんて意味不明よね。 あなたの中学のクラスメイトだったって言う、この下山香里って言う人はどんな人だったの?」



 「……普通だったよ。それこそこんな事件を起こすような印象のある女の子じゃなかったよ。それにしても起爆装置は完璧なのに、爆発物は付けられていなかったんだってな」



 実際に爆弾事件ではあったけども、爆発は起きていないので、この事件による死傷者は存在していない。



 その時、所轄の警察署から検察に移送される下山香里の顔がテレビに映った。



 普通なら顔を隠すためにジャンバーなどを頭から被せられてしまいそうだが、下山香里はそんな事はせずに、顔色は悪いものの、背筋をぴんと伸ばし、その目は正面に並ぶ報道のカメラを捕らえている。



 口元には少し笑みが見られた気がしたのは、私の気のせいと言うわけではないだろう。



 「もう少し詳しくどんな子だったかと言えば、いつも教室の窓際に座って、本ばかり読んでいた文学少女だったよ」





  妻はそう、と一言だけ言うと、他の局で下山香里のニュースがやっていないかとチャンネルを変えていた。

 





 「『檸檬』と言う題名の小説よ。持病で自分は長くいきられないと言う事を知っている青年が、自暴自棄になりながら、妄想だけを生き甲斐に生きていたんだけど、ある日囚われた爆弾を仕掛けて回ると言う妄想を、度胸がないから爆弾の変わりに檸檬を置いて、悦に浸るというお話」



 それは私が中学二年だった、まだ残暑の残る蒸し暑い日。



 昼食による満腹感と暑さのために、クラスメイトの多くは居眠りをしていた5時間目。



 授業は数学の時間だったのだけど、隣の席の下山香里は汗ばみながら熱心に読書をしていた。



 私はあまりにも彼女が熱心に読んでいるので、休憩時間にその小説はそんなに面白いのかと聞いてみたのだった。



 「面白いと言えば、面白いけど、話自体が面白いわけじゃないわ。情けないて存在価値も理由も無い主人公の姿を妄想するのは楽しいけど」



 普段はクラスメイトと話をする姿さえ見た事がなかったが、そう語る彼女はとても楽しそうであり、私はこんな風に笑うのかと思い、そんな心はさめざめと揺れているのを自覚した。



 それからは、彼女が読書するのを邪魔にならない程度に話をする様になり、読書というものに興味が無かった私に、自分が読んでいる小説を要約して教えてくれたりしたのである。



 そんな彼女との蜜月の日々も、中学を卒業して通う高校が別々なった事で終わりとなった。





 逮捕された彼女は取り調べに黙秘を続け、取調中に突然血を吐いて倒れて、そのまま帰らぬ人となったのは一月後の事であった。



 元々、不治の病であったそうだが、本人はその事さえ取り調べで喋らなかったという。



 「中学の時は病弱には見えなかったんだけどな。学校も休まなかったし」



 「中学時代が一番、安定していたんですって。それからは高校にもほとんど通えなかったくらい病気をしていたそうよ。なんでも、中学の頃は自分が好きだった男の子が、読んだ本の事を良く聞いてくれて、学校に通うのが楽しかったんですって」



 妻は僕の顔を嫌な笑みを浮かべながらジッと見ている。



 「……誰だろうなぁ……昔の事だから思い出せないなぁ」



 「……まぁ、いいわ。それで取り調べで話したのが中学の頃の話だけなんですって」



 妻はそう言って、ちらりと私の顔を見たあと、何も言わずに台所に行った。



 私は仕事場に戻り、パソコンに向かう。



 締め切り間近で行き詰まっていた書きかけの原稿のファイルを閉じて、新規作成したファイルに「れもん」と言うタイトルを付けてみた。



 どこか甘酸っぱくてほろ苦い、哀れな少女の物語が書けそうな気がしてきたのだった。

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