第9話 世界を救うために

 世の中では一般的に、卒業式や入学式と言えば、桜が満開に咲き誇り、春の香りに包まれたイメージがあるけれど、北国に暮らす私にはそんなイメージはない。



 厳しい冬がようやく終わりかけ、積もった雪が溶け出して、グズグズになった道を式典が行われる学校へと、いつ天気が崩れるか解らない鉛色の空の下を、かさばる防寒着を着て向かう最中だった。



 だけど、こうやって高校の卒業式を迎える日が来るなどとは、中学時代の私には考えられなかった。



 なぜなら戦っていたから。



 この世界を救うために。



 



 敵はとても多かった。



 遙か彼方の銀河から、地球を侵略するためにやって来る宇宙人。



 世界を闇で覆うために、魔界からやって来る魔物達。



 某国のスパイとか、カルト教団に自縛霊、世界中に支部を持つ犯罪組織に宇宙怪獣。



 他にもいろいろいたけれど、大筋にはそんなところだった。



 そんな戦いに明け暮れる日々だったので、私はとても忙しくて学校なんかに行っている暇なんかなく、入学式はもちろん、入学式前の予備登校に行っただけで、いわゆる不登校の日々が続いていた。



 世界が終わってしまえば学校に通う意味なんか無くなってしまう。





 私が生きている意味もそうだ。



 そう、私が世界のために戦うのは、産まれたときから決まっていた運命なのだ。



 両親が部屋に入ってきて、力ずくで無理矢理に私を学校へ行かせようとしたことがあったけど、私がどれだけこの世界の運命を考えているか説得したら、理解してくれたようで、何も言わなくなった。



 この世界の多くの人は、会ったこともなければ見たこともない人ばかりで、そんな人々の運命なんて知ったことではないのだけど、この世界を守ることが私の運命なのならば、ついでに守ってやるのもヒーローみたいで悪い気はしない。



 戦いは日を追う事に激しさを増し、敵の攻撃は緩むことは無かった。





 ある日、中学の担任である山田先生が私の様子を見に来た。



 週に一度のペースで来てたらしいのだけど、いつもは玄関先で両親と話をして帰るくらいで、部屋の前まで来たのはその日が初めてだった。



 私がどんなにこの世界のために戦っているか、睡眠時間は昼夜逆転して、夜の街を徘徊しながら、血と汗にまみれた日々を送っているかと言う話を一通り聞いてから言った。



 「それは大変だね、鈴木さん。だけどね、世界の敵を探して街の中を彷徨うと言うのは効率が悪いと先生は思うよ」



 それはそうだけど、そうしなければ敵に遭遇することもないし、遭遇しなければ敵を倒すことはできず、そうなれば、この世界を守ることなんて出来はしない。



 昨夜は、私にわいせつな行為をしようと、金銭交渉をしてきた猥褻成人を二人、その後にホームレスを襲撃していた少年犯罪グループを10人くらい倒した。



 その時に愛用していた、小学校の修学旅行でおみやげとして買った木刀が折れてしまったので、早いうちに別の武器を見つけなければならない。



 「……先生さ、知っているんだよね」



 金属がいいな、できることなら本物の刃の付いた日本刀が欲しかったけど、買うだけのお金もないしと悩んでいたとき、ドア越しに山田先生がポツリと言った。



 私の意識は山田先生の言葉に呼び起こされ、現実に引き戻される。



 「……何を?」



 「敵がウジャウジャいる場所さ」



 「嘘だ。なんで先生に敵を見つけられるの?私だって見分けが付くようになるまでに3年と2ヶ月かかって、通信教育も受けたのに」



 「先生も鈴木さんと同じ頃は、世界の敵と戦っていたんだ。本当だよ。だから見分けることができるんだよね。今は戦いで受けた傷が原因で引退したので、実戦は鈴木さんみたいな子達に任せているけどね」



 「……ほんとうなの?それはどこなの?」



 私の問いに山田先生は一呼吸置いて、ゆっくりと答えた。



 「それはね、学校だよ」



 私は翌日から二年も通っていなかった学校に通い始めた。



 話の後に、ドアを開けた私に、鈴木先生は敵との戦いで受けたという疵を見せてくれた。



 手首の所にあったミミズ腫は、今でも寒くなると痛むんだと言って笑っていた。



 こんな犠牲者を出してはいけないと力強く思ったが、さすがに金属バットや木刀を学校に持ち込む事はできなかったので諦めた。



 そのかわり、「よくわかるボクシング」と「誰でも解る総合格闘技」で学んだ知識が訳に立つと思っていた。



 小学校の頃の知っている顔も何人かいたけど、ほとんど知らない人ばかりのクラスへ山田先生に連れられて入り、二年遅れの自己紹介をしたときに私のアンテナが反応した。



 私が世界を守るために戦っていると気が付いたのか、ヒソヒソと私について話し合う姿が確認出来た。



 しばらく様子を見て、尻尾を出したらすぐさま、必ず殲滅しようと思った。



 だけど、特に襲撃されることもなく、時は流れ、私は中学の卒業を目前に控えていた。



 思えば、山田先生が言っていたほど、敵はウジャウジャしていなくて、2、3回ほど絡んできた雑魚を血祭りにしたくらいで、後は抗争といえるほどの戦いは無かった。



 クラスメイトもほとんど近づいてこなかったし、私もなれ合うのは嫌だったので近づきもしなかった。



 唯一、移動教室などで出席順に座るときに、私のとなりに座ることになる男子の福知山という男子だけは、席が隣の為か、授業中でも話しかけてきた。



 「鈴木さんってさ、世界の敵と戦っているんだろ?今まで何人くらい倒したの?」



 「……木刀が4本折れるくらい」



 「……その敵って、どうやって見分けたの?」



 「近づいてきた奴」



 「そうなると俺も敵になるのかな?」



 「……攻撃しなけば、大丈夫?」



 ……など、など。



 私が世界の敵と戦っていると、クラス中に知れ渡ったとき、小馬鹿にする連中も多かったけど、福知山君は興味を持ったようで、よく話しかけてきた。



 私も日々の戦いを話す相手ができたのが嬉しかったのか、福知山君に聞かれれば、猫を車でひき殺そうとした動物虐殺団のメンバーをボコボコにした話や、私を拘束するために闇の権力組織が警官を使ってやってきて、戦いの末に警察署に連れて行かれた話をした。



 そんな話を福知山君は目を輝かせて楽しそうに聞いていた。





 そして中学生活最後の日。



 卒業式も終わって、教室に戻った後、山田先生の話を聞き解散となった。



 私が帰り支度をしていると、福知山君がまた近づいてきた。



 「中学は今日で終わりだけど、高校は一緒だし、また同じクラスになれると良いな」



 そう言って、福知山君は笑う。



 「受かっていればね。私、解らないわよ。中学はほとんど通ってないわけだし」



 「大丈夫だろ。通うようになってからの成績は良かったし、それに名前さえ書ければ受かるって聞いたよ。あの、高校」



 「福知山君だけ落ちたりね」



 私は意地悪く笑う。



 俺は名前も書けないのかよ、と言って福知山君も困った顔をして笑って言った。



 「そりゃかんべんして欲しいな。鈴木さんと一緒にいられなくなっちゃう」



 「?……それは、どういう、意味?」



 「あ!あ……えー……そう言う意味だよ」



 「?」



 「わかんないかな?好きだって事さ」



 「な!そ、それなんて攻撃?」



 「告白攻撃?でも、おれは敵じゃないんですけど」



 「そ、そんなこと言われらって!……どう答えていいか解らないわよ」



 「高校の合格発表まで考えておいてよ。発表会場で会おう。もし良かったらつき合ってよ」



 福知山君はそう言って、教室を出て行った。



 残された私は、闘争史上初めての直接攻撃をくらい、まっ白になって家に帰った。



 

 それからの3年間を私は楽しく過ごし、友達もできて高校の卒業式を迎えた。



 卒業式を前に教室の中では、冷たい空気の中でクラスメイト達がこれまでの三年間に思いをよせて話をしている。



 「あれ?福知山君は?」



 親友となったクラスメイトの吉田ちゃんが話しかけてきた。



 「なんか卒業生代表で挨拶があるから緊張しているのか、ずーっとトイレに行っているみたい」

 私はそう答える。



 「そう言えば、鈴木ちゃんと福知山君って、入学した頃からつき合っていたけど、なれそめはなんだったのよ?」



 高校に入ってからは世界の敵と戦うのを引退した私は、少し考えてから笑って答えた。



 「戦いに負けたのよ」



 相変わらず、外の天気は曇り空で、今にも雪が降りそうだけど、そう遠くない未来にこの街にも春は訪れ、桜も満開に咲くだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る