第10話~早熟な指づかい~ 由実子 10歳
まだ拙いはずである由実子の指運びに目を奪われて、私は思わず身を震わせた。
これが初めての経験であるはずなのに、一つ一つの仕草、そしてその丁寧さは、まさに天性のものであると感じずにはいられなかった。
「由実子ちゃんは、本当に今日が初めてなの?とても上手だねぇ」
私が驚きを隠さずにそう言うと、由実子はすこし微笑みながらも、その手を休めることはなかった。
本来彼女はとても恥ずかしがり屋さんで、両親以外の人と話をするのは苦手な女の子だった。
そんな彼女の性格を心配した両親が、小学生を相手にした小さな学習塾を経営する私の所に彼女を連れてきたのは半年前のことで、彼女が私と話をしてくれるまでに打ち解けたのはつい最近のことだった。
学習塾と言うが、私は基本的にその子の苦手な科目を教えているので、ある子は国語で、別な子は算数だったりする。
算数でもかけ算が苦手な子にはかけ算を集中的に教え、文章の音読が苦手な子には音読を指導したりするのだ。
由実子の場合は特に図工が苦手で、私は水彩や粘土細工を教えていたりしたのだが、彼女が実は指先が器用であることに気が付いて、その事を褒めてあげたのが打ち解けてくれた理由だった。
褒めて貰えたのがよほど嬉しかったのか、彼女は私に良くなつくようになり、私もなついてくれればくれるほどかわいく思い、指導に熱が入るというのは当然のことに思う。
今日も他の子供達が帰った後も、特別授業と称して、彼女に指導しているのだった。
「ここはもう少し、こうした方が……」
私は、器用とは言え、初めての経験でまだ迷いのある彼女の手の平をやさしく包み込むように掴み、彼女を導く。
由実子は素直に従い、そして指以外にも唇を使うというオリジナルな動きも見せて私を喜ばせてくれたのだ。
私はさらなるステージに彼女を羽ばたかせる事にした。
「せんせい、それは大きすぎます」
たしかに小学四年生の彼女の身体と比較して、彼女に与えたそれは大きすぎると思えたが、私は彼女ならばそれを受け入れることが出来ると確信していたのである。
「大丈夫だよ、由実子ちゃん。先生が優しく教えてあげるから、心配しなくても大丈夫だよ」
私がそういうと、由実子は安心したのか、笑顔で頷いていた。
これが後に「天才創作折り紙少女」として世の話題となり、折り紙アーティストとして世界中で活躍することになる由実子が折り紙を初めてして行い、その才能の片鱗を世に知らしめた最初記念すべき日となったのである。
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