第7話 秋桜
「こんばんは」
そう言いながら、片手にビールを持ち、窓を開けて僕の部屋に入ってきたのは、同い年で幼なじみの千秋だった。
夏も終わり、秋の冷たい夜風が部屋の中に流れる。
僕の住む家は二軒屋で、隣に住んでいるのが千秋とその家族だった。
風呂に入ったばかりなのか、乾ききっていない腰まである髪が蛍光灯の灯りを反射して、ちょっと色ぽいと思ったけど、白いTシャツに赤いジャージのズボンが残念だった。
「もう37なんだからさ、窓から入ってこなくても」
僕はそう言った。
「37にもなって、ロリ漫画で一人エッチするのはやめなさいよ。それより何より、そのちんちんをしまいなさい」
とりあえず僕はトランクスを履き、エロ漫画を閉じた。
そんな僕にはお構いなしに、千秋は僕のDVDライブラリーを物色し始めた。
「エロDVDばっかりね。しかも疑似ロリ系。ほかはアニメばっかり。もっと普通の映画は無いの?」
「あるけど、微妙な感じかな?安岡力也主演の山岳パニック物とか。安岡力也が襲ってきた雪男とか、雪女と死闘を繰り広げるんだけど」
「たしかに微妙ね。ほかには?」
「そうだな、もう何度も見た『青い珊瑚礁』、『レオン』、『さらば青春の光』ならあるけど」
「じゃあ、ロリ系でない『さらば青春の光』でいいわ」
僕はDVDを取り出し、プレイヤーに挿入した。
千秋の横に座ると、ビールを渡された。
千秋はすでに飲んでいて、画面に見入っている。
その横顔は32年前に会った時とちっとも変わっていない。
この家に僕が引っ越してきた時に始めて会った。
歳も同じだった事もあり僕らはすぐに仲良くなって、幼稚園、小学校、中学校と同じ時を過ごした。
千秋を異性として意識したこともあったのだけど、それは小学校5年生から、中学二年生にかけての思春期真っ盛りの事で、告白して見事に撃沈されてからは話もすることもなく、高校からは千秋が引っ越して行ったと言う事もあり、会う事もなくなった。
振られた事がトラウマなのか知らないけれど、それが今の性癖に繋がっているかどうかは僕でも解らない。
僕の中では中学時代の千秋が最後に見た千秋だったのだけど、その千秋が昔と変わらない姿で戻ってきたのは3年ほど前だった。
変わっていたのは結婚して名字が変わり、旦那さんと息子がいた事くらいだった。
ちょうど空いていた、むかし千秋が家族と住んでいた隣の家に引っ越してきたのだった。
でも今は旦那さんや息子もその家にはいない。
交通事故で亡くなったのはちょうど一年前の事だ。
今では千秋独りで住んでいる。
僕は引っ越しも結婚もする事もなく、もちろん彼女もいないまま過ごしてきて何の変化もない37年間だった。
千秋が僕の部屋に映画を見に来るようになったのは最近の事で、それ以外の事は一切無かった。
若いときなら何やかんやとあったかも知れないが、3次に興味と体力が無くなった今は、こうして過ごしていてもそれで十分だった。
「あんた、この映画好きだよね」
千秋が映画を見ながら言った。
「あぁ、これと『王立宇宙軍』はもう十回以上は見てるよ」
「どこがいいの?」
「ダメな奴は何をやってもダメと言うところと、ダメな奴でもいつか何とかなるみたいなところかな?」
「正反対じゃん」
「まぁ、諦めつつも、諦めきれないと言うところかな」
そんな話をした後は、時に会話もなく映画も終わり、窓の外を見ると空が青白くなり始めていた。
千秋はそろそろ帰ると言った。
窓を開けて出て行くとき、千秋は見送る僕に言った。
「そろそろ目を覚ましなさい。もうこの家は古くなって解体されて無くなっているし、あんたは別な場所に住んでいて、私も別な場所に住んでいるの。旦那と息子は交通事故で死んでなんかいないし、私はもう若くもなく、普通におばさんになっているけど、家族三人で幸せに暮らしているのよ」
「……いいじゃないか、夢の中でくらい」
「あなたは独身で、恋人もなく、エロ漫画とエロアニメが大好きで、最近はまったパチンコで借金が膨らみ始めてにっちもさっちも行かない生活に体を壊して倒れて病院で死にかけているのよ。もっと幸せを探さなきゃダメよ」
千秋はそう言って去っていった。
目覚めると僕は病院のベッドの上で、点滴やらチューブやらに繋がれて天井を見ていた。
日ごろの不摂生が祟って、半年の入院と食事制限やら定期的な検査を受ける事になった。
親から聞くと助かったのが奇跡的な状態だったのだけど、借金を抱えている身としては病院への支払いは奇跡的な事がまた起きないと厳しいものがあった。
とにかく退院して最初にしたのはむかし住んでいた家が建っていた場所に行った事だった。
すでに建物の土台もなく、雑草が生い茂り、その片隅にたしか千秋が小学生の頃にタネを蒔いていた秋桜が咲いていた。
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