第12話 法廷で会うのです

 テルオの頭上からスポットライトが一つ照らされる。

 彼はいつの間にかパイプ席に座らされており、簡単な机も目の前に置かれていた。辺りは真っ暗闇でテルオの周りしか辺りが見えない。

「……ここは?」

「ここは、イデア最高裁判所ですよ。津久田テルオ様」

 女性の声が左から聞こえテルオがそちらへ振り向くと、見計らったように視線の先にまた一つのスポットライトが照らされる。

 そこには、白く綺麗な長い髪に黄金の瞳と白い肌、絵の中から飛び出したような偉い別嬪べっぴんさんが白い布をまといサナエルと同じく天使の輪っかを付けて立っていた。

 その姿はとても美しく、あまりの美しさに彼女の周りもキラキラと輝いて見える程だった。

「う、美しい……」

「光栄です。そしてお初お目に掛かります。大天使ガブリエルと申します」

「え?あ、こ、こちらこそどうも、津久田テルオです」

 ガブリエルと名乗った女性は、笑みを作りゆっくり丁寧に会釈する。テルオも釣られて会釈する。それを確認した後に、

「では、どうしてこんな所にテルオさんが居るのかをご説明しますと……」

「俺は車にかれて死んだ。それで天国ここに来た。ってことだろ?」

「あら、ご理解が速いですね?すでにサナエルから聞いていましたか」

 別段驚いていないように見えないガブリエル。気にせず彼女は説明を続ける。

「お察しの通りここは天国イデアであり、地獄コルスィから来た者達を天国イデアに受け入れるかどうかを最終的に決める最高裁判所です。本来ならここに来る前にいろいろな段取りがあるのですが、今回テルオ様は少し特別待遇とくべつたいぐうが入っております」

「特別待遇?」

「はい、我が同胞であり我が愛弟子の一人であるサナエルを地獄コルスィからここへ連れて来て頂きました。本当にありがとうございます」

 またしても、ガブリエルは深々と頭を下げる。

「い、いや、とんでもない……何て言うか流れでこういう風になっただけなので」

 その様子を見てテルオは頭を掻く。それに対してガブリエルは首を横に振る。

「いいえ、とても素晴らしい業績ですよ。今回の件で天国イデアに住む者達のほとんどは、アナタ様を支持しております」

「そ、そんなに!?」

「ええ!ですので今回テルオ様には天国イデアから感謝として最高裁から判決を始めるのと、善意点へ特別点として2点贈呈することになりました!」

 テルオが持っていた天国通信簿イデアリポートを見る。

「100点……」

 念願の100点満点を手に入れていた。


「そして、私はいつも検事を勤めているのですが、今回諸々の事情でテルオ様の弁護を担当することになっております。と言っても、検察側がいないので意味がないのですけれどね」

 彼女が言葉を言い終えたと同時に、ライトが一斉に灯り辺りが照らされる。

 そこは黄金の雲の上に作られたまさに裁判所のような場所だった。真上には天井がなく、空は朝と夜の中間のような淡い青色と、瞬く星々と白い雲達が同時に存在し、大きな月と太陽が仲良く隣同士仲良く並んだこの世の物とは思えない風景が広がっていた。

「「テルオ!!おめでとう!!」」

 テルオの後ろから歓声が響きわたる。振り向くと、そこに観客席のようにズラリと椅子に座った白い髪に白い肌の美男美女達がいていた。まるでサッカーを応援するファンのように「おめでとう!」と書かれたプラカードを持った者や、太鼓やラッパのような楽器を鳴らす者達が彼をを祝福していた。

「なんなんだこれ……」

 困惑するテルオを更に困惑させる。


『よく来たな。津久田テルオ殿』


 裁判官の席が光だし、男とも女ともとらえられる声が響き渡る。

『私は今回裁判官を勤めさせて頂く、熾天使代理のケルビエルです。よろしくお願いします』

 あまりの美しさに光り輝き、光が強すぎる為テルオの目には丸い光の球体にしか見えなかった。

「ま、まぶしっ!!」

『それでは静粛せいしゅくに!これより判決を申し上げます』

「え!?もう!?」

 前代未聞のスピード判決に、テルオは驚く他なかった。

『判決!津久田テルオ、善意点100点にともない無罪!よって天国イデアの受け入れ決定!』

 裁判所内から再び歓声が沸き、紙吹雪が舞い落ちる。

「やりましたね、テルオ様。良くここまで頑張りました」

 ガブリエルも嬉しそうに拍手をする。

 テルオは、この急展開に着いて来れず、口を半開きにするしかなかった。


「ちょっと、待つのです!」


 館内に聞き覚えのある声が木霊こだました。その声にテルオは我へと帰る。

「サ、サナエルちゃん?」

「テルオ!お待たせなのです!お手洗いに行ってて遅れたのです!今回飛び入りで検事をやらしてもらうことになりました、見習い天使のサナエルなのです!」

 突然空白の検事席に、サナエルが現れた。彼女は元気良く手を上げ、館内全員に聞こえるように声を上げる。

「裁判長!テルオの判決を待ってほしいのです!」

 彼女の言葉に館内はシーンと静まりかえる。

「テルオには、目標が出来たのです!それは地獄コルスィで100点満点を目指すという素晴らしい目標なのです!80点で天国イデアに行けるというのにも関わらず、彼は世の為に善行を行いたいとのことなのです!どうか!どうかもう一度テルオを地獄コルスィに戻してほしいのです!」

 自分のことのように頭を下げるサナエル。

 それを見たガブリエルは、笑顔で問いかける。

「サナエル」

「え?だ、大天使様!?な、なんで大天使様が弁護士席にいるのですか!?」

「今回サナエルがどうしても検事をやりたいとのことだったので、それなら私は弁護士側になろうと思ったのですよ?」

「ひ、ヒドいのです!数多の栄人達を地獄コルスィに送り返したの大天使ガブリエル様が相手なんて無理なのです!」

 始まる前からヘコタレるサナエルに、ガブリエルは複雑そうな笑みを浮かべつつ、彼女をなだめる。

「サナエル、貴方が自主的に検事をやりたいと言い出したからこそ、私は今回弁護側になったのですよ?貴方が地獄コルスィで何を見て、何を感じて、テルオ様の検事になろうと思ったのか見届けたいと思っています」

「大天使様……」

 泣きそうになりながらも、ガブリエルの言葉に希望を抱いたようだった。それを見たガブリエルは優しく微笑む。

「それよりもサナエル、テルオ様は地獄コルスィで善意点100点を取りたいとのことですが、すでに善意点がになっているのですが」

「……へ?」

 サナエルは、驚きで体を硬直させてしまう。今まで二人のやりとりを聞いていたテルオは自分の番かと気付き、手元の天国通信簿イデアリポートを見せた。

「すまん、成り行きで100点になっちゃった」

「テルオおおおぉおぉぉお!!」

 顔を赤くして、ヤケクソ気味に机をバンバン叩くサナエル。

「まあ、落ち着けって、それでも俺は帰りたいって思ってるからさ」

 そう言って、彼は目の前に居る光の玉でしかない裁判長へと真っ直ぐ向き直る。

「あー、裁判長。俺、天国に行くのを辞退したいんですけど、出来ませんか?」

 その言葉に、館内の天使達はざわつく。「何で?何で?」と外野は困惑を隠しきれない。

 裁判長は、しばらくの沈黙の後――

『ならぬ、善意点100点のなんじをまたしても試練の地へ誘うなど、天国イデアの道理に反する』

「そこを何とか頼むよ!俺はまだ、俺のことを助けてくれ人達に恩返ししてないんだ!」

 テルオは前の机に額を付けて、心から願う。

「鳥城さんにもちゃんとお礼してねぇし、田舎の母さんにもまだしてないんだ!だから頼む!頼むよ!」

『ならぬ、これは天国イデアの規則でもある』

 テルオの願いに、ならぬの一点張りで通す裁判長。その横で、サナエルはふとテルオの言葉が引っかかった。

「親孝行……あ!」

 サナエルは、飛び跳ねるように手を上げる。

「テルオ!!気づいたのです!まだテルオの100点にはが入ってないのです!」

「……え?」

 そう言えば、何かそういった減点的な要素があったことを思い出した。減点要素も考慮した上で天国へ無事に向かう為、テルオ達は高得点を目指していたのである。

「あら、ようやく気付きましたか」

 フフフと、笑みを浮かべるガブリエル。そして光の球体である裁判長も続く。

『もし、汝が地獄コルスィに戻りたいと申すなら、その証を点数で示せ』

 裁判官の声が響き渡った。その言葉にテルオは思わず溜め息を漏らす。

「ったく、何でも数字で決めやがって、どこの世界も同じだな」

「テルオ!そういうことなら任せるのです!」

 いつぞやの時のように、サナエルは手を真上に掲げた。


「「 写 せ ! 後 を 見 る 鏡  よ !! 」」


 サナエルは、いつぞやの野太い女性の声に変わり、以前のように彼女の天に掲げた手の平へ金色の光が集まり始める。すると、手元には林檎りんごのマークが書かれたタブレットが現れた。

「これで準備万端なのですよ!テルオ!本当にやっちゃって良いのですか?」

「良いぜ。それじゃあ、始めるか」

 テルオもサナエルも覚悟を決める。

 現世に戻る為、神にも近しい者達に彼等は立ち向かうことになった。

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