……そうじゃないよな

第11話 さよならなのです

 キャベツが走って行った方向をテルオも追いかける。キャベツも追いかけられるとは思っていなかったらしく、テルオが発見した時にはノコノコと菓子パン入りの袋を咥えながら歩いていた。

 その後の追走劇の果て、交差点の手前で車が通りかかった影響でキャベツは止まり、テルオも飛びつけば捕まえられる距離に追い詰めた。


「ようやく追いついたぞ、キャベツ!」

「ガルルルルル!」


 一人と一匹の睨み合いが始まるが、しばらくしてテルオは溜め息を吐く。


「お前、鳥城さんのことが好きなんだろ?」


 テルオは、キャベツに対して語りかける。

 キャベツは依然として威嚇を続ける。


「俺に鳥城さんを取られると思ったんだろ? 特に今日は俺、自殺しようと思ったって変に不安な気持ちにさせちまったから……そのせいで、鳥城さんは凄く優しくしてくれたからな……それがこんな結果になっちまうなんて、本当にこの世は上手くまわらないもんだな」


 落ち着いた面持ちでキャベツを見据える。


「でも安心しろ、鳥城さんと俺は全然釣り合わん。そんな俺自身が良く分かっているんだ。だから奪い取ろうなんてこれっぽっちも思っていないんだ。だから頼むよ。その袋を返してくれ。そんなことをしていると、お前の鳥城さんが悲しむんだ……」

「ワンワンワンワン!!」


 悲壮感をにじみ出すような表情をするテルオだが、キャベツは睨みつけたまま彼を吠えて威嚇する。


「ちくしょう! 所詮人間の言葉も通じない犬っころめ! これ以上鳥城さんを悲しめるな! とっとと俺等の飯を返しやがれ!」


 テルオが叫んだ時、隙だと思ったのかキャベツは交差点へと走り出した。


「お、おいバカ!? そっちは、いきなり飛び出す……」


 彼が叫んでいる最中、交差点の横から明かりが見える。死角からなので正確な光の正体までは分からない。だが、テルオは脊髄反射でその光源の正体に気づく。

 車だ。

 横から車が迫って来ているのだ。そこへキャベツは我を忘れて飛び出していったのだ。

 このままではいけない。彼はこの後の結果を予想するより速く、キャベツを抱え込もうと前へと飛び出した。


「キャベツ!!」


 テルオの思考はほんの瞬きの間、緩やかに流れる。


(ああ……また、余計なことをしてしまった……)


 キャベツとテルオは光に包まれ、何かがぶつかる鈍い音と車が過ぎ去っていく音が響き渡った。





「……!?」


 テルオは目を見開く。

 辺りを見渡すと夜の町並みが一望出来た。


「……ここは?」


 いったい何があったのか理解できず、必死に辺りを見回す。


「……え?」


 彼が足下を見た時、思わず間抜け声を上げてしまう。

 


「テルオさん! 起きて下さいテルオさん」


 地面に倒れているテルオに対して、リョウコが泣きながら体を揺すっているのが見える。さらにその近くで、プルプルと震えながら放心状態のキャベツが彼等をジッと見つめていた。

 さらにさらに、テルオは気づく。

 ……


「あ……俺、死んだんだ」


 何とも呆気ない人生の幕引きに、そんな言葉しか出て来なかった。


「テルオ! 気が付いたのですか!?」


 テルオの頭上から聞き慣れた声が聞こえてくる。


「サナエルちゃん?」


 そこにはテルオの服の襟を掴み、大きな白い翼をゆっくりと羽ばたかせて飛んでいるサナエルがいた。


「えっと……まず状況を理解したい。俺は死んだのか?」


 その問いに彼女は頷く。


「キャベツを庇って引かれちゃったのです……それで、サナエルのお迎えモードが発動したので、こうして天国イデアに運んでいるのですよ」


 ふと、テルオは自分のポケットをまさぐる。そこには折り畳んでしまっておいた天国通信簿イデアリポートがちゃんと入っていた。

 書かれた内容を確認する。


「……98点」


 予想通り、点数が上がっていた。


「テ、テルオ……このままだと天国イデアに行けちゃうのです。きっとこの点数なら天国イデアに住めるようになるのですよ……そ、その……」


 サナエルの表情には、喜びではなく迷いが出ていた。


「サナエルちゃん、手を離したりとか出来ないのか?」


 サナエルとは対照的にテルオは落ち着いていた。彼の質問に対して、サナエルは首を横に振るう。


「で、出来ないのです! 手も離せないし、羽も勝手に動いちゃうのです!」

「そっか……」


 彼は離れていく地面を眺め続けた。しばらく二人は黙り込むが、やがてサナエルから口を開く。


「……テルオ、もし地獄コルスィに戻れたら、100点満点を目指したいのですか?」

「……正直、今の自分の気持ちは良く分からん。だが……」


 テルオは見上げサナエルと目を合わせる。


「やり残した事が結構あることに、さっき気づいたんだ。だから……」


 その言葉を聞き、サナエルも頷く。


「分かったのです!」


 決意した笑顔を彼女は見せた。


「テルオが地獄コルスィに戻れないか、サナエルからも頼んでみるのです!」

「……あまり、無理はしなくていいぞ。これは俺の問題なんだしさ」

「そんなことないのです! 困った人間さんを助けるのが天使のお仕事なのです!」


 そんなことを言いながら、彼等は大きな白い雲の中へと入っていった。

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