……
第10話 キャベツなのです
街灯で照らされた夜道をパンとパンの耳がたんまり入った袋を抱え、テルオとサナエルの二人は歩いていた。
「リョウコはとっても優しい人だったのです! こんなにパンを貰っちゃったのですよテルオ!」
「ああ、そうだな……」
未だに元気の良いサナエルとは対照的に、テルオはどこか上の空であった。サナエルは、そんな彼の反応の薄さが気になる。
「テルオ、どうしたのですか? さっきも泣いていたし、まだ悲しいのですか?」
「……いいや、そういう訳じゃないんだ」
不安そうに尋ねるサナエルに、テンションは低いが含みのある反応するテルオ。
しばらく、二人は沈黙の中黙々と歩き続けるが、ふと今度はテルオの方から質問した。
「そういえば、サナエルちゃんはこれからどうするんだ?」
「これからなのですか?」
「ああ、君は天国から落ちて来たんだろ?なら、天国に帰らなくて良いのかと思ったんだ。まあ、今日は別に俺の家に泊まっても良いが……誰か迎えに来たりとかしないのか?」
そう言うと、サナエルは真顔になる。
「確かに、誰も迎えに来ないのです」
そしてさほど見えないが、星の瞬く夜空を見上げる。
「そういえば、サナエルはこれからどうすれば良いのですか?」
サナエルがテルオの方へ顔を向けると、彼女の目には大粒の涙が溜まっていた。
「テルオおぉお! 急に寂しくなってきたのですぅ! サナエルは! サナエルはどうすれば帰れるのですかぁあ! お家に帰りたいのですぅぅ!」
今にも泣き喚きそうな彼女に、テルオは頭をおさえた。
「やっぱり何にも考えてなかったんだな……まあ、とりあえず落ち着いてくれ。たぶん、天国に帰る方法はあるから」
その話に鼻水を服で拭いながら、サナエルは興味を示した。
「簡単だ。サナエルちゃんから生えてきたあの大きな翼で、天国まで飛んでいけば良いんだよ」
「おお! 確かにそうなのです!」
いつも通りの元気で笑顔のサナエルに戻った所で、テルオはさらに続ける。
「だが、今その翼を生やした所で、すぐに折れちまうんだよな? 君の話によると、何か折れない方法があるみたいじゃないか」
テルオの部屋に居た時に、天使の羽についてチョロっとサナエルは話していた。
「おお! そう言えばそうだったのです!」
ということで、サナエルから詳しく話して貰う。
「ちゃんと飛べる翼を出すには、たぶん二つに方法があるのです!」
人差し指を一本掲げる。
「一つは、あの時話した善意点が100点満点の人に触れることで完全な翼を生やさすことが出来るのです!」
人差し指に続いて中指も出した。
「二つ目は、死んだ生き物を
結構方法があった事に対してホッとしつつ、テルオが提案する。
「なあ、サナエルちゃん……一つお願いがあるんだが聞いてはくれないか?」
「良いのですよ! サナエルは今、希望に満ち溢れているのです!」
やる気満々のサナエルをガッカリさせるのではないかと、恐る恐る尋ねる。
「あのさ……俺、
「おお! 100点満点をなのですか?」
「ああ……サナエルちゃんが天国に帰るのは協力してやりたいんだが、凄く時間が掛かるかもしれないんだ……ダメかな?」
その問いに、キョトンとした表情を見せるサナエル。
「80点で
「ああ! まあ、自己満足みたいなもんだ。だから、天国に帰りたいサナエルちゃんにとっては少し頼み辛いお願いなんだが……」
テルオが様子を伺っていると、サナエルは花が咲いたような笑顔を見せる。
「わかったのです! テルオが100点満点を取れるように協力するのです!」
「い、良いのか?」
「もちろんなのです! 人間さんが善行を行おうとしているのを止める天使はいないのです!」
「サナエルちゃん……」
テルオは思わず、顔がほころんでしまう。
「それにしても、リョウコはテルオに凄い優しかったのです。もしかしたらテルオのことが好きなんじゃないのですか?」
サナエルがワクワクしながらテルオに尋ねるが、「ははは」と笑われる。
「あれは、社交辞令みたいなもんだよ。鳥城さんは皆に対して優しい人なんだ。俺を元気づける為にあんなに優しく接してくれたのさ」
「えー、そうなのですか? 絶対好きだからだと思うのですよ!」
「大人っていうのは、そういうものなんだ。まあ、おかげで元気が出たよ」
膨れっ面のサナエルの頭をポンポンと叩き、そして彼は一つ大きな深呼吸を行う。
「……うっし! そうと決まれば、今日はカツパン丼パーティーだ!」
「おーなのです! カツパン丼ってなんなのですか?」
「パンの耳に、といだ卵とパン粉をに絡めるんだ。そいつを油に落としてキツネ色になるまで揚げるんだよ。良い感じに上がったのをパンの耳を千切って作った米の上に乗っければ完成だ! ソースをかければ、本物のカツ丼みたいな味がするし、これがまた冷え冷えのビールと合うんだわ!」
「……なんか良く分からないけど、美味しそうなのです!」
と、二人の帰路は盛り上がる。
テルオは、目標を見つけたのだ。
こうして、彼らは新たな目標に向けて未来を歩いて行くだろう。
めでたしめでたし
「ワンワンワンワン!!」
良い具合に和んでいる彼らの後ろから、猛烈な勢いで犬の鳴き声が迫ってくる。
何事かと二人が振り向いた時――
「ワンワンワンワン!!」
「わわわ!? な、なんだなんだ!?」
「ななな!? なんなのですか!?」
二人の周りを竜巻のように襲いかかる一匹の見覚えのある柴犬がいた。
それは、首に付いたリードを引きずるキャベツだった。キャベツはテルオが入っていたパン耳の入った袋を食い破り、そのままサナエルが持っていた菓子パンの入った袋をぶん取った。
「て、てめぇ、キャベツ! いったい何のつもりだ!!」
「ワン!」
テルオはキャベツに怒鳴りつけると、菓子パンを咥えたキャベツは勝ち誇ったドヤ顔を二人に見せつけた。
「フン! リョウコに近づく猿が! これさえ無ければお前等は餓死して死ぬのさ! 哀れな猿よ、惨めに這いつくばって干からびてしまえ! と言っているのです!」
「アイツ、あのワン1つにそこまで言葉を詰めてたのか? おい、キャベツ! それはリョウコさんの善意の籠もったパンだ! 早く返せ! お前の騎士道はどこへ行った!」
そう言うと、「フンッ!」と鼻で笑ったように見えるキャベツは、袋を加えて走って行ってしまった。
「ったく、何なんだよあの犬……」
「ああ……パンの耳が……もったいないのです……」
道に散らばったパンの耳をサナエルは拾い集める。すると、遠くからこちらへ走ってくる女性が一人現れる。
「テルオさーん! サナエルちゃーん!」
鳥城リョウコであった。息を切らせながら、二人の元へ彼女はたどり着く。
「す、すみません! こちらに、キャベツが通りませんでした?急に走ってどっかに行ってしまって……」
すると、彼女は地面に散らばったパンの耳が目に映る。
「こ、これは……」
「ああ……いや、その……」
「キャベツがパンの耳の袋を食い破っちゃったのです……」
おい、とテルオはサナエルを小突くが遅かった。
「そ、そんな……キャベツが……」
徐々にリョウコの顔色が青ざめていく。
「お、俺達には怪我はなかったんで、大丈夫……」
「本当に申し訳ございません!」
テルオの言葉を言い終わる前に、リョウコは深く頭を下げる。
「飼い主の私の責任です!テルオさん達に大変失礼なことしてしまって、本当にごめんなさい!」
「サ、サナエル達は怪我をしていないから大丈夫なのですよ! だから、そんなに謝らなくても大丈夫なのですよ!」
「いいえ、そんなことありません! 私の不注意でこんなことに……本当に……本当にごめんなさい!」
泣きそうな声音でひたすら謝り続けるリョウコを見て、テルオは胸の奥が苦しくなる。
心の恩人が、目の前で謝り続けているのは、見ていていたたまれなかった。
第一悪いのはリョウコさんではない。
あの犬が一番悪いのだとテルオは思う。
いつも、目があっただけで吠えてきたり、何かと噛もうとしたり、リョウコさんに近づくだけで……
……
「……いや、そうじゃないな」
テルオは気づき自分の思考に首を振った。
悪いのはリョウコでもキャベツでもない。
そう思った。
「リョウコさん、頭を上げて下さい。元を辿れば俺が悪いんです」
「……え?」
顔を上げて驚くリョウコに、テルオはさらに続ける。
「俺がキャベツに、いろいろ悪いことをしたせいで、こうなったんです。俺、キャベツを探しに行きますよ」
「ま、待って! テルオさん!」
「テルオ! どこに行くのですぅ!」
リョウコの制止する声を振り切り、サナエルの質問にも答えず、彼はキャベツが走っていった方向へと走り出した。
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