第13話 もう、ダメなのです……

「ところで、サナエルちゃん。そのタブレットは何だ?」

 サナエルが手にした何処かで見たことのあるタブレットについて、テルオが尋ねると――

「フッフッフ!これは地獄コルスィの様子を見る為の道具なのです!これでテルオの葬式を覗きに行くのです!」

「俺の・・・・・・葬式」

 非常に複雑な気分にテルオは陥る。

「そうなのです!これは大天使様の十八番!男性の葬式は、女泣かせ点の稼ぎ所!沢山来た女性の人々の人間関係が垣間見かいまみれると教えてもらったのです!」

「サナエル!確かに教えましたが、そのようなことをおおやけの場で言うのは止めなさい!」

 あせるガブリエルはさておき、テルオは自分の葬式がどんな風になるのかなど考えたこともなかった。見たい反面、母親の泣き顔もおがむ事になるのに心苦しさを感じた。

「それでは写すのです!テルオの葬式を!絶対に点数を落とすのです!」

 すると、朝とも夜とも捉えられない天国イデアの空に、スクリーンが現れる。どうやらサナエルの持っているタブレットの画面と連動しているらしく、徐々に映像が映し出されていく。

 ――場所は、ある一件屋の畳の敷き詰められた客間のようだ。

「俺の実家だ……」

 テルオは、どこの映像なのかすぐに気づく。彼の独り言の通り、そこは津久田テルオの実家であった。その客間では葬儀の真っ最中らしく、テルオの亡骸が入っているであろう棺桶と葬儀社の方以外に喪服を来て集まって人物は――

「ふ、二人しかいないのです……」

 そう、いない。どれだけ待っても、その二人以外集まらないのである。あまりに寂しい葬式に、館内に居た天使達は皆口をつむぎ、悲しい目をテルオに送る。

「何だその目は?そんな目で俺を見るな!」

「テルオ……ごめんなさいなのです」

「謝るな!」

 気を取り直し、葬式に来た二人をよく見ると、一人はテルオの母親であることが分かる。

”この親不孝者が!アタシより先に死んどるんじゃないよ!”

 そして、もう一人は喪服を着た鳥城リョウコであった。

”テルオさん……ごめんなさい!ごめんなさい!”

 タブレットから、彼女達の嗚咽混じりな声が聞こえてくる。

「母さん……鳥城さん……」

 二人しかいなくとも、それでもテルオは自身の胸を押さえる。

「とにかくなのです!これで親不孝点(-11点)女泣かせ点(-4点)が入ったのです!」

 まだ天国通信簿イデアリポートに反映されていないが、二つの点数(-15点)を引くことで85点となる。

「後6点ですね。さあ、他に点数が下げられる所はありますか?」

「えーっと……」

 一生懸命考えるサナエルに、ガブリエルは呟いた。

「……外とかに参加者とかいないかしら?サナエル」

 弁護側にも関わらず、ほぼ助言のようなこと言ってくる。それに甘んじて彼女もタブレットでテルオの家の外を覗き込む。

「……あ!」

 テルオの家の外には、見覚えのある柴犬キャベツが居た。まるで泣いているかのように遠吠えをしている。

「キャベツ、泣いてるのです……テルオが死んだのは自分のせいだと謝っているのです……」

「キャベツ、お前まで……」

「でも、これでが増えるのですよ!」

「え?」

 テルオは耳を疑いつつ、あることを思い出す。この点数の判定は人間以外の生物にも適応される。つまり……

「アイツ、メスだったのかよ!」

 泣いていた事より、その事実が彼にとっては驚愕だった。

「さあ、4点引かれて残り81点です。後2点で見事地獄コルスィ行きですよ」

 ぐぬぬ、と頭を抱えるサナエル。

「テルオのお母さんが泣いているのです!これは女泣かせ点に!」

「ダメですよ。女泣かせ点に母親を入れることは出来ないルールです」

「そ、それじゃあ、もう少し待てば葬式にくる人も……」

「一応行っておきますが、体が火葬されてしまったら生き返ることはできませんよ。早くしないと最悪ミドリムシからやり直して頂く事に……」

「テルオ!もう、何か壊して点数を減らすしか……」

「こらサナエル!言葉をつつしみなさい!天使である立場の貴方がなんてことを言うのですか!」

 ガブリエルに叱りつけられ、サナエルは縮こまる。徐々に館内の空気も疑問に満ち溢れていく。何故天国イデアに住もうとしないのか、どうして満点のテルオをサナエルは地獄コルスィに落とそうとするのか。

 疑念が渦巻き始め、やがて外野の一人がサナエルを指さした。

「アイツ、自分の点数稼ぎの為に地獄コルスィに落とそうしてるんじゃないか?」

「……へ?」

 彼女の驚きと同時に、外野達は一気に矛先をサナエルに向けた。疑問や罵倒を幼い彼女に投げつけてくる。

「ち、違うのです!サナエルはテルオがもう一度地獄コルスィに戻りたいって言うから……」

 彼女の言葉は掻き消される。大衆の罵倒は、徐々にエスカレートしていく。

「皆の者、静まりなさい!サナエルはそんなこと考える子ではありません!」

『皆様、静粛にお願い致します』

 それでも暴徒のように外野は罵倒が止まらない。やがて、大衆は一つの言葉を三拍子で連呼し始める。


「「無罪!無罪!無罪!」」


 誰も聞く耳を持とうとしない。ふとサナエルは、テルオと目があった。

「ごめんなさいテルオ……サナエルにはもうどうしたら良いか分からないのです……」

 彼女は涙を必死にこらうつむく。もう、お手上げ所か裁判にならなくなってしまった。

 テルオは、サナエルの様子を見て軽く溜め息を吐く。手に持った100点満点の天国通信簿イデアリポートを見る。彼は天国通信簿イデアリポートの両上端に掴み力を込め、そしてもう一度だけ深く息を吸い込んだ。


「うるせええええええええええええええ!!」


 テルオは叫び、そして100点満点と書かれたその紙を真っ二つに引き裂いた。

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