天国に行けるかもしれない……!

第3話 自己紹介するのです

「お風呂上がったのです!」


 風呂上がりのホッカホカで出てきた天使のサナエル。とりあえずサナエルが着ていた白い装束は川の中に入った御陰で、ビショビショのドブ臭くなってしまった。

 仕方なくテルオの白地のTシャツを着てもらっており、ブカブカだがちゃんと隠す部分は隠せている。

 テルオは、サナエルを改めて観察すると、くるりとハネたくせっ毛のロングヘアーに雲のように不自然な程の白い髪。白人のような白い肌、クリクリに見開いた大きな目と、金色に輝く瞳。

 変わった風貌で、好奇心旺盛そうな少女であることは確かなのだが……彼女の一番の特徴は、この世の物とは思えない程整った顔立ちである。まさに絵から抜け出て来たのではと真剣に考えてしまう美人ちゃんだった。

 ちなみに、ここは津久田テルオの住む四畳半の床に畳を踏むとミシミシいう程のボロアパート。川に墜落したあと奇跡的に生還を果たした二人は、ボロボロになりながらもここまでたどり着いたのである。


「おう……まあ、とりあえずそこに座ってくれよ、お嬢ちゃん」


 私服に着替えたテルオは、所々薄汚れたちゃぶ台を軽く拭き、サナエルを自分の向かいに座らせる。ついでに菓子がないので、彼は二人分の湯飲みを用意し茶を注いだ。


「わーい! いただくのです!」


 天使の輪が頭の上で浮いている幼女サナエルは、ただの茶に飛びついた。

 テルオは思う。

 よくよく考えたら、所在、正体、全て不明のロリっ子を自分の住まいに連れ込み、塗れていたとは言えお風呂に入らせて、自身のTシャツに着替えさせ、茶を飲ませるなんて、事案が発生しそうだ。

 しかし、テルオは18歳未満の女性に対して性的興奮を覚え辛い体質故、目の前の幼女サナエルを襲ったりはしない。

 だが、墜落した時は混乱していたが、本当はこの子を警察等に保護してもらった方が良かったのではと今更脳裏に浮かぶ。

 保護してもらったところで、この特殊な子を回収しに来る親がはたして出てくるのかと考えてしまうのだが……

 とりあえずは、サナエルの服は近くのコインランドリーで洗濯してしまっている訳だし、それが終わってからでも考えようと、彼は自己完結した。


「な、なあ……落ち着いたところで、俺の話を聞いてほしいのだが良いか?」


 恐る恐るサナエルに訪ねると、彼女は元気良く頷く。


「はい! もう落ち着いているので何でも聞いて良いのですよ! 現世の人達の声を聞くのも天使のお仕事なのです!」


 落ち着きは無いが、準備は万端のようだ。


「とりあえず、改めて自己紹介をしようか。俺の名前は津久田テルオ。今は……無職の29歳独身だ」

「サナエルの名前は、サナエルなのです! 見習い天使なのです!」


 自分の立場を改めて思い出したテルオは、さらにサナエルへ質問を続ける。


「あー……サナエルちゃん。いろいろと質問をしたいのだが、まずその頭の上の輪っかはなんだ?」

「これは天使の輪っかなのです! 天国イデア人は皆頭に付けているのです!」

「それじゃあ、さっきの背中から生えた羽はなんだ?」

「あれは空を飛ぶ為の天使の羽なのです! 天国イデア人に備わる天使の力での者に触れれば、ちゃんと飛ぶことが出来たのですが、テルオの点数が足りなかったので飛べなかったのです!」

「善意点? ああ、飛んでた時に言ってたやつか。まあ、その事は後にしよう。その白い髪にその黄色? の瞳……君はどこか外国から来たのか?」

天国イデアから落ちてきたのです!」


 全て迷いなく即答してくれるが、テルオは全て理解出来ない。サナエルとの会話に、テルオの眉間にしわが寄る。

 頭に入ってきた単語を一つ一つ整理し、そして最終的に行き着いた答えは、


「ダメだ……分からん」


 挫折であった。限界に達したテルオに対して、サナエルはフフンと胸を張る。


「簡単なのです! サナエルは天使なのです! まだ見習いだから、下界で死んだ人を天国イデアに連れて行くのが今のお仕事なのです!」


 さらに、彼女は腕を掲げ、


「そして、何千年もの修行を経て、熾天使してんし様になるのがサナエルの目標なのです! あ! 熾天使様っていうのは、天使の中でも一番偉い人なのです!」


 と、金色の瞳を更に輝かせた。

 テルオは、結局のところ理解が追いついていないので、とりあえず偉い人に成りたいんだな程度に思っておくことにした。それよりも、聞き捨てならない言葉を彼は耳にし、それを聞き返す。


「な、なあ、詰まるところ、君は天国てんごくから来た天使なのか?」

天国てんごくとは、天国イデアのことなのですよね?だとしたら正解なのです! サナエルは、現世ここで死んだ人間達を天国イデアに連れて行くお仕事を大天使様からさずかっているのです!」


 エッヘンとふんぞり返るサナエルに、テルオは食いつく。


「なら、頼む!」


 テルオはサナエルに近づき、肩を掴む。


「俺はもうこんな世界イヤなんだ! 何もかも上手く行かない、真面目な奴が馬鹿を見るこんな世の中もうウンザリなんだ! ……だから頼む! 出来れば安楽死みたいな痛くないやり方で殺してほしい! それで、出来れば地獄じゃなくて、天国てんごく……いや天国イデアだったか? とにかく苦しくない方へ行かせてくれ! 頼む!」


 彼は年甲斐もなく、年端の行かない少女の目の前で、畳に額を擦り付け、土下座を見せつけた。

 恥もへったくれもない。

 テルオは心底そう願っており、そして目の前にそうなる可能性を秘めた存在が彼の様子を見てボケーっと突っ立っているのだ。

 彼にとってサナエルは天使ではなく、女神に等しかった。

 しばらく、お互いが硬直した後に、サナエルが何かを思い出したように、自身の手を天に掲げた。その様子に気づいたテルオは、恐る恐る伺う。


「あ、あのー……サナエルちゃん? いったい何を……」


『この者に、審判の刻印を!!』


 テルオが、サナエルに尋ねた直後、今までキャピキャピだった彼女の声が、突如頭に響くような凛々しい女性の声に変わった。

 すると、突然彼女の天に掲げた手の平へ、金色の光が集まり始める。


「うわっ!?」


 またしても、不可解な現象を目撃したテルオは驚きを隠せず、眩しさに眼を覆いながら叫んでしまう。光はやがて収まり、サナエルの手の平には、木製の小さな印鑑(?)が一つ乗っていた。そして、印鑑の先には花丸印ハナマルマークが描かれている。

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