三四郎R「テレキャスターストライク」
シラノドットスティングレイ
第1話 まだ十四歳だった小巻は……
「おばあちゃん、話の続きをして」
ベッドでうつらうつらとしていた小巻婆ちゃんが目を開けると、傍らでそのタイミングをずっと待っていた、六子が言った。
「おや、六子?」
小巻婆ちゃんはまるで六子をその日初めて見るというような顔をしたけれど、もちろんそんなことはない。私たちはついさっきまで話をしていた。
小巻婆ちゃんはもう九十六歳になる。寝起きは多少混乱する。
この頃はうつらうつらしていることも多くなった。
栗林小巻ほどの人でも年には勝てないのだ。それを思うと悲しくなる。
けれど六子が
「函館さんの話」
と、その名前を口にすると小巻婆ちゃんの眼がすーっと明るく澄んだようになった。
「ああ、そうだったね。どこまで話したっけね?」
小巻婆ちゃんはしっかりと顔を上げて云った。顔つきまで若やいだようだった。
函館さんとは小巻婆ちゃんの学生時代の先輩のことだ。
「どこからでもいいの。函館六子の話なら」
六子は自分と同じ名前を持つ、その先輩の話を聞くことを何よりの楽しみにしている。六子はその先輩の名前を貰って小川六子と名付けられたのだ。
「わたしが帝大に入学を許可されたのは十四の時だった。あのときのわたしは真剣に天下を獲るつもりで、東京に出て行ったものだよ。いや、まったく井戸の蛙だったな」
小巻婆ちゃんは、けれど誇らしげに云った。
私たちの曾祖母栗林小巻は帝大を出ている。しかも、十四歳での入学というのは最年少記録で、きっとそれは未来永劫破られることはない。
といっても、それは当時の帝大内に陸軍によって新設された六番目の分科大学、機科大学のことで、その内実は踏機の操士を錬成するための訓練学校だった。日清戦争に勝利した明治国家は、その先に大国ロシアとの衝突があることを予見し、そのための準備を進めていたのだ。だが、それでもそれが帝大であることに変わりはない。
栗林小巻は、亡くなった兄栗林信三郎に代わり、栗林槍術十代目正統継承者として、機科大学へ正式に入学したのだ。
小巻は入学初日に薙刀部を訪れ、その半数を病院送りにする。天下を獲るというのは伊達ではない。まだ十四歳だった小巻は本気でそれを考えていたのだ。
ただ、そのとき、その様子を眉一つ動かさずに見ていた者がいる。
いや、函館六子はうっすらと笑ってさえいたそうだ。
そのとき四回生だった函館もやはり実力行使によって一回生の時から薙刀部の部長を務めていた。ただ、函館の場合は機科大学そのものが新設されたばかりで上級生はいなかったのだが。
「いざ、勝負っ」
小巻は函館六子に詰め寄った。
だが小巻は一太刀を浴びせることもかなわなかった。函館六子が小巻にあった僅かなスキを見切って繰り出した一振りで身も心も真っ二つにされてしまったのだ。いや、持って行かれたと云った方がいい。函館六子はそれほど圧倒的な力量の持ち主だった。
「合格」
函館六子は、栗林小巻にその一言だけいった。
以来、函館が卒業するまでの一年の間、薙刀部の部室は函館と小巻二人だけの学舎となる。他の部員は小巻の入部を境に退部してしまっている。
「美禰子さまとの試合の話がいい」
六子が云うと、小巻婆ちゃんは懐かしそうに目を細めた。
「ああ、大運動会。演武のことだね。ええ、あれは試合といってもいいね。二人とも途中から本気だったから。わたしが二人の対決を見たのは、あの一度だけ。函館先輩が本当に負けたのを見たのも、あの一度だけ……」
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