第6話 七

 「午前八時の行合橋で死んだ蜥蜴を見ました」と始まる歌をご存知だろうか。

 正解は桑田佳祐の「黄昏のサマー・ホリディ」である。

 物悲しいメロディに別れや死を感じさせる歌詞で、もしも私がMVを作るとしたらきっと全体にセピア色のエフェクトをかけるだろうというような、そんな曲だ。

 私は何故か高校受験の頃にこの曲にハマり、塾の行き帰りで毎回聴いていたため、未だに何も見なくても歌えるくらいである。

 それほど好きな曲の冒頭に登場する行合橋――これが、七里ヶ浜にある。

 七里ヶ浜駅を出て海の方に向かうと、右手に現れるのが行合橋だ。

 「黄昏のサマー・ホリディ」をずっと聴いていた頃は、行合橋はいわゆる一般名詞であろうと思っていたのだが、七里ヶ浜に初めて降り、行合橋があることに気付いた私はきっと「午前八時の行合橋で死んだ蜥蜴を見ました」の舞台はここだろうと思った。

 何故ならその後、2番でこう続く。「風が哀愁誘う海辺で日も遮る鳶の舞」と。

 七里ヶ浜の行合橋のすぐ目の前は海である。右手を見れば江の島もはっきりと見えて、絶好の写真スポットになっている。

 写真を撮っている人にとっては迷惑な話だろうが、私はここに来るときは曇りであってほしいと思ってしまう。

 透明感のない海にごちゃごちゃと浮かぶサーファー、どんよりとした空は、まさに「風が哀愁誘う海辺で日も遮る鳶の舞」がよく似合うではないか。

 そして、透明感のない海の上に、少し靄がかかったように浮かんでいる江の島。

 江の島のシンボルでもあるキャンドルが白く、しかし空に滲むように立っているのが見えるのもまた良い。

 ちなみに、「砂煙をあげてバスが蜃気楼に溶けた」という歌詞が1番にあるが、七里ヶ浜にもバス停がある。あまり本数は多くはないらしく、バスが通ったところを見たことはないが、江ノ電が行き来するところはよく見られる。

 住宅と住宅の間を消えたり現れたりする江ノ電は、私の生まれ故郷では見られない光景で、未だに面白い。

 七里ヶ浜駅周辺は、住宅や植物などがどことなく南国風なのだが、踏切や駅は昔ながらの日本の風景といった感じで、その中途半端なのが却って愛おしい。

 行合橋からぼんやりと濁った海を眺めていると、生きているのは楽しくないことも多いが失ってしまうには惜しい、という気持ちになる。

 私にとってもサマー・ホリディはもはや還らないものだが……それでも、なお。

 満足するまで海を眺めたら、また何か美味しい物でも食べて生きていく。


 なお、七里ヶ浜には「世界一の朝ご飯」で有名な店の日本第一号店がある。

 朝から半袖短パンのカップルが並ぶ有名店だが、席を予約することが可能だ。

 「混んでるぅ」と言っているカップルの横を悠々と店内に入っていくのはなかなかの優越感を感じられるので、その店に行こうと決めたら早めに予約をすることをお勧めする。

 リコッタパンケーキの、ふわっともしゅわっともつかない食感は新感覚だったのでまた行きたいと狙っている。


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