第4話 外

随分……という言葉では生ぬるいほど、期間が空いてしまった。

更に今回の舞台は、鎌倉ではない。

江の島である。

藤沢市の人は、江の島を鎌倉に含められると怒るものだ、とかつて一時だけ縁のあった人に言われたものだが、鎌倉観光をすると何とはなしに足を延ばしたくなるのだから、余所者にとっては大差ないだろう。

かく言う私も、元は余所者なので、江ノ電に乗ってどこからが藤沢市なのかと言われると未だにはっきりとは分からない。


江の島は、海のない地域で育った私にとって憧れの場所と言っても良く、鎌倉に住み始めた頃には月に1回程度は訪れたものだった。

しかし、近頃は江ノ島駅に降り立っても、江の島の見える辺りにすら行かないことも少なくない。

では何を目当てに江ノ島駅で降りるのかと言えば、それは二つある。

一つは、駅のすぐそばにある、磯料理の食堂と海産物の土産物屋が合わさった「舟善」という店。

もう一つは、江ノ島駅から腰越の方に向かって戻り、龍口寺すぐそばにあるSE1というジェラートとピッツァの店だ。

江の島は行かないが江ノ島駅まで行こうと思い立ったとき、大抵私は舟善で昼食、もしくは昼呑みをしてSE1まで歩いてデザートがてらジェラートを食べるというコースで昼を楽しむつもりでいるのである。

まず、舟善。ここに入るといつも、刺身かアジのたたきかなめろうか……とにかく生の魚を選びたくて仕方がない。

ミックスフライや煮魚もあるのだが、前述のように海のない地域育ちの人間である私にとっては「生の魚」は未だにご馳走であり、自分で捌けないのもあって美味しい刺身があればフライや煮魚は二の次三の次となってしまうのだ。

また、酒も地酒からハイボールまで一通り揃えてあり、昼からちょっと呑むにも悪くない。

メニュー表から顔を上げて壁の貼り紙を見れば、クリームチーズの酒盗乗せ、イカの塩辛、干物の燻製、メニュー表には載っていない本日の刺身……冷たい日本酒でちびちびと、いやワインでぐいっと、などと考えるだけで口の中が乾いてしまう。

定食を頼むと味噌汁を安価であら汁に変更できる日もあり、このあら汁も美味である。柚子皮が入って、仄かに香るところも好ましい。

更に定食なら、海苔の佃煮やイカの塩辛も少しずつ付いてくるので、ご飯が進む。

イカの塩辛はスーパーで売っているようなのとは全く格が違う、イカの旨味という旨味がぎっしり入っているような気さえするので、売店で食事の会計をするときについ「イカの塩辛もください」などと言ってしまう。まんまと店の戦略にハマっているのだが、美味しい塩辛は嬉しい。

「添加物が入ってないので1週間で食べきってください」と会計を取り仕切るご老人に教えられながらイカの塩辛を受け取れば、既に心は夕食に向かっている。

ただ一つだけ残念なことは、ご飯があまり旨くないときがある。

特に気にならない日もあるのだが、たまにべちゃっとしていて、そのまま食べたのでは眉間に皺を寄せながら食べるしかない、ということがあるのだ。

これは他の人は気にならないのだろうか。それとも自分が米どころの出身のせいなのか、訊いてみたいところである。

舟善で食事腹を満たした後は、甘味の時間とばかりにSE1に移動する。

龍口寺すぐそば、江ノ電が住宅の間から出て道路を横切り、また住宅の間に入ってくところが良く見えるという、観光的にも楽しい立地である。

店内にいるのはいつも店主一人だ。たまにアルバイトを雇うこともあるのだが、近頃では見ない(以前いたアルバイトの女性に、クリスマスシーズンに出るピスタチオは原価率が高いからクリスマス限定なのだということを教えてもらったりしたのだが)

私が頼むのは、大抵「山のみるく」というミルクジェラートと、季節のジェラートから何か一つといういわゆるダブルである。

「山のみるく」はミルクの風味が濃くて美味しく、「いつ食べても安心できる味」なので、初めて頼む季節のジェラートが好みではなかったときの口直し用……と言うと失礼かもしれないが、「山のみるく」で口の中をいっぱいにして食べ終えれば満足できるのだ。

幸いにして、「山のみるく」で口直しをしなければ、と思うような味に出会ったことはない。どれも美味しい、と感じられるので、店主には今後も季節に合わせた味を提供していただけるように、応援していきたいものである。

店内でさっさと食べて、「ご馳走様でした」と声を掛けてぱっと出ていくのが私の常……なのだが、どうやら顔を覚えられているらしく、一度電車のホームで会ったときに声を掛けられた。奥様とお子さんとご一緒だった。

奥様はSE1の近くで夏だけ氷菓屋を営んでいるのだが、残念ながら催事場で買ったことはあるものの、店で購入したことはない。

どうしても「SE1のジェラート食べに行きたいなぁ」が先立ち、そちらに吸い寄せられてしまうのだ。

ピッツァも美味しいらしいのだが、持ち帰っている間に冷めてしまうことを考えるとなかなか手が出ない。

ちなみに、パフェも始めたらしく、それを作っているところに出くわした私は「ダブルに330円足すだけでパフェに!?」と普段のダブル注文を忘れて即パフェに鞍替えしてしまった。

その日は「桜のジェラートといちごのジェラートのパフェ」だったのだが、甘い苺が上に飾られ、桜の風味のジェラートといちごのジェラートの下にお馴染みの「山のみるく」、そして一番下に何味かはよく分からなかったが甘いゼリーが敷かれているパフェは、とってもお得な気分にさせてくれた。

苺は小ぶりながら、とても甘かったのも嬉しかった。

夏になる前にもう一度……と思いながら、江ノ島駅に戻ったのであった。

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