第3話 偽

 鎌倉の名物と言えば、生シラスである。

 テレビでも生シラスの名店が度々特集され、観光客は海鮮系の飲食店に行けば「まだ生シラスありますか?」と言う。

 それくらい、生シラスと鎌倉は結びついている。

 しかし。

 貴方が喜んで食べている生シラスは、神奈川近海で水揚げされたもの、とは限らない。


 さて、私は以前、鎌倉駅近くの定食屋でアルバイトをしていた。

 シラス丼、シラスと生シラスの二色丼が定番メニューで、リクエストがあれば生シラス丼も出していた。

 そんな店だが、いつ、何人連れの客が来ようと、生シラスは「あった」。

 他の店が「本日不漁にて生シラスありません」という張り紙を出していようと、その店は生シラスが常にあった。

 観光客は、「生シラスありますか?」と尋ね、店員は「えぇ、ありますよ」と答える。観光客は大喜びで定食屋に入ってくる。

 もちろんそれにはカラクリがある。

 その店が独自のパイプを持っているから、ではない。

 店で使う生シラスは、静岡からパック詰めにして冷凍で運ばれてきたものなのだ。

 神奈川近海で獲れたものではない、しかし「生シラスありますか?」という問いに対して、嘘は吐いていない。

 生シラスは生シラスなのだから。

 神奈川近海産ではなくても、観光客は喜んでそれを食べる。

 私から見たら、明らかにべたっとしていて、近海で獲れたものだったらこうはならないだろうというようなものを。

 ちなみに、いかにも近海産らしいうたい文句だったアジフライもカキフライも、どこから買ったか分からないような冷凍ものを、その店は使っていた。

 確かに、「近海産アジフライ」「近海産カキフライ」などとは一言も言っていない。客がそう誤解しそうな文言はあったが。

 結局その店のバイトは、3か月ほどしか続かなかった。



 本当に近海ものの生シラスを食べたかったら、「本日不漁にて生シラスありません」という張り紙を出している店こそを覚えておくべきだろう。

 その日は生シラスにありつけなくても、そういう店の方が、近海産の生シラスを扱っている可能性は高い。

 観光地価格で静岡産の生シラスを食べていた、という方が、何だかバカバカしくなるではないか。


 

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