魔術属性学


 『魔術属性学』。


 その名のとおり、魔術の属性に関する学問だ。

 基本的には『魔術基礎』と同じ範囲にある学問なのだが、『属性』に関する事項は非常に多い。それゆえに、こうして独立した学問として扱われる。

 さらに、その『魔術属性学』の中にさえも、多様な部門がある。それは魔術の属性の数と同じ数だけあると言ってしまって良い。


 その中でも、他の魔術の基礎となる火、水、木、土、氷、雷、風、光、闇の九つの一般的な属性を『九門』と呼び、『九門』をさらに根源的属性まで分解したものを、木、火、土、水の四つ、古代中国より在る五行思想に基づいて――金は除くが――『四大』という。


 ここで金を除く理由は、それが『魔術』ではなく『錬金術』という部類、すなわち『科学』という部類に入るためである。厳密な学者であればこれに金をきちんと加え、これらを『五大』と呼ぶ。


 『魔術』は、その『四大』と呼ばれる属性を複雑に混合して行使される。『魔術属性学』でよく扱われるのは先に説明した『九門』でなく『四大』のほうである。『九門』はふつう『四大』の混合によって作られる属性も含まれるからだ。


 そして『魔術属性学』は、基本的に『四大』について学ぶことになる。理由は単純で、一年次では『九門』全てを習う時間など無いためである――二年次からは、選択科目として『四大』の属性に加え、『九門』のいくつかの属性を選択して学ぶことになる。


 閑話休題。


「おはようございます、皆さん」


 一年次の『魔術属性学』は『四門』、つまり木、火、土、水の四つをローテーションする形で授業の教科が入れ替わっていく。

 それぞれの教科ごとに担当教師は一人ずついる。


 その日は、『火属性』の授業であった。


焔堂えんどう 静寂しじまです。といっても、自己紹介の必要はありませんね、一度しましたし」


 紅い瞳と、それと同じ色のポニーテール。縁のないめがねをかけた長身の女教師。ただし入学式のときとは違って、スーツではなく、ジーンズにワイシャツというラフな格好をしている。例に漏れず、二つの膨らみが自己主張している――どこがとは言わないが。


「私は『魔術属性学』の、その中でももっともポピュラーと思われる『火属性』について、貴方たちに教えていきます。寝ないで聞いてくれないと怒りますからね――さて、では今日は、皆さんにあることをしていただきます」


 そう言って、焔堂は小さな箱から水晶の玉を取り出し机に置いた。

 表面はつるつるとしていてほとんど真球のように見える。内部は淡く蒼く光っていて、非常に幻想的かつ美しく、装飾品としては一級の価値を誇っているだろう。


 その水晶玉に焔堂が手をかざすと、水晶玉の放つ光が紅に変わった。深い、血の様な赤色である。焔のように深い朱色である。


「――こんな感じに、この水晶玉は感知した魔力の属性によって放つ色を変えます。魔力の属性を『色』という情報に変えてくれるので、属性の判別には重宝されます。ただしものすごくお高いです、もし割ったら……」


 焔堂は一瞬だけぞっとしたような顔になって、すぐにもとの微笑に戻る。


「……まぁ、直接触らないようにすれば多分大丈夫です――」


『――先生、その水晶玉はどういう仕組みで色を変えるんですか?』


 一人の生徒が焔堂に質問を投げかける。


「あぁ、それは……ええと、なんと言えばいいのやら。その水晶玉自体は何の変哲も無い水晶玉なのですが、それには魔力識別魔術という複雑な魔術がかけられています」


「ただしその魔術を扱える人は非常に少ないので」


 非常にお高いです、といいながら、焔堂はじっと座った生徒たちを見回した。


「――今日は、この水晶玉であなたたちの得意な属性を見てみようと思います」


 わずらわしげな授業が無いと知ったとたん、大半の生徒が安堵の表情を見せた。

 焔堂は思わず苦笑した――どのクラスに行っても、生徒のそういった反応が変わらなかったためである。




「火は赤、水は青、木は緑、土は茶、光は白、闇は紫……それぞれに近い色が現れます。変な色が出たら教えてくださいね。黒だとか、真っ赤になったとか、そういう変だなって思うことがあれば」


 幸いというべきなのか生徒たちにはわからなかったが、そういったことは無かった。せいぜい水晶玉が紫を示したときに黒と見間違えて驚く生徒が数人いた程度である。


「――はい、これで今日の授業は終わりですねー。肩透かしでしたか? でも、最初はこんなものですよ……他の授業がこんなものだとは限りませんがね」


「といっても、これも立派な授業の一環です。得手不得手をはっきりさせることは、『魔術属性学』を学ぶ上で結構重要になります。ただ水晶玉に手をかざして色の違いを見て遊んでいたわけじゃありませんからね」


 水晶玉を丁重に箱に戻しながら、焔堂は腕時計を見る。

 時間がかなり余っていた。先の水晶玉での判別が予想よりスムーズに行ったためだろう。


「……さて、時間が余っちゃいましたね。でも、今教えないといけないことって無いんですよね……せっかくですし、魔術の属性についての雑学を教えましょうか」


「……あ、寝たい人は寝てていいですよ。今回だけ特別です」


 と言いつつ、それを聞いて間髪入れずに寝ようとする生徒を見て、焔堂はまたもや苦笑した。




「さて、ここからがきちんとした授業といったほうが正しいでしょうけど……」


「まぁ、自習みたいなものです。さて、ではではのんびりやって行きましょうか」


「『属性』同士の相性について少しだけお教えいたします。一種の予習みたいなものと思っていただければ結構です」


「さて、『属性』どうしの相性……これは、古代中国からの思想、『五行』思想を元に考えられています。中国の人たちは古代から魔術について深い見識を持っていたということですね」


「さて、この『五行』思想なのですが――木火土金水もっかどごんすいと呼ばれる、独自の考えを持っています」


「これは、簡単に言えば、全ての物質は、木、火、土、金、水のいずれかの属性に属する、という考え方です」


「さらにその属性のそれぞれは、互いに生み出しあい、互いに打ち消しあう、という考えでもあります」


「木は燃えて火を生み出し、火は燃え尽きて灰――つまり土を残し、土はその身から金を生み出し、金の表面には水が生じ、水は木を育てる……という、これが『五行相生ごぎょうそうしょう』の考えです」


「逆に、木は土から養分を吸い取り、火は金を溶かし、土は水を濁し、金は木を克し、水は火を消す、という打消しの考えが『五行相克ごぎょうそうこく』です」


「魔術の属性は、形に出る――燃えたり、発光したり、そういう『現象』として現れる物に関しては、ほとんどこの考えが当てはめられます」


「さて、ここで教科書の最初のページを開いていただきたいのです……大きく『四門』と書かれてありますよね?」


木火土金水もっかどごんすいのうち金を除いた、木火土水もっかどすいの四つの属性を、魔術の世界では『四門』と呼びます――何故金属性が除けられているかは割愛します。この『四門』が『魔術属性学』においてのもっとも基本的な単位です。どんな魔術の属性もこの属性から作り出されると言っても過言ではありません」


「つまり、魔術の属性を根源まで分解して考えることができれば、おのずと相性は見えてくるのです」


「……まぁ、一年次ではこの『四門』しか習いませんから、この『四門』どうしの相性を覚えていると困ることはありません。木は燃えて火を生み、火は灰として土を生み、土はその身から水を生み、水はその恵みにより木を生む……五行思想の相性と似ていますが、混ぜて覚えないように気をつけてくださいね」


 一通り焔堂が話し終わった――そこで、一人の生徒が手を挙げた。


「――はい中園なかぞのさん、何ですか?」


 中園――あかねは、明るい声で言った。


『先生、その『相生』とか『相克』ってやつを実際に見てみたいです!』


「――ええ……と、それは……」


 焔堂は頬をかいて困ったそぶりを見せる。


「……ごめんなさい。私じゃ、ちょっと……難しいです」


『ええー……』


 茜が落胆の声を上げる。


「私は、その……髪や目の色を見てわかるように、火属性がものすごく得意なんですけど……その代わり、火属性以外は使えないんですよね……」


 苦笑いしながら、焔堂は言う。


「いや、確かに相生――土を生み出すことはできるんですけど、その、操作できないって言うか」


「……生み出すだけなら、やってみましょうか?」


『――いえ、良いです! ……悪いこと言ったみたいでごめんなさい』


 涙目になりつつある焔堂を見て悪いと思ったのか、茜はあわてて言い、そのまま着席した。


「……魔術の相生と相克が見てみたい人は、学年主任の鹿嶋先生か校長先生に頼んでください。そうすればおそらく――校長先生は機嫌が良かった時に限るでしょうけど――見せてくれますから。きっと幻想的で、見ていて面白いですよ」


 笑って焔堂は言った。

 もちろん無理に作ったと分かる笑みである。目は涙に潤んでおり、良心をチクチクと刺激するような笑み。よほど火属性しか扱えないことを気にしているのだろう。


「こほん……今日は、ここまでにしておきましょう」


 しかしそこはプロの教師。咳払いをするとすぐに気を取り直し、焔堂は前に座る生徒たちを見渡す。


「……あ、質問はもうありませんか?」


 このような空気の中で誰が質問をするというのか。

 挙手する者は居らず、焔堂は人の良さそうに微笑み――今度は自然な笑みだ――号令をかけた。


「――起立」

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