魔術基本理論

魔術基礎


 他校に比べて少し長めの諸々の準備期間も終わり、慎たち生徒は本格的に授業を受けることとなった。


 ここ『魔術・高等学校』では、一般の教育課程に加え、魔術に関する様々な教科を勉強する――『魔術基礎』、『魔術属性学』、『魔術理論』、『魔術実習』、『魔術史』などなど、様々な魔術についての科目がある。

 パッと見、ゲシュタルト崩壊を起こしてしまいそうになるほど、魔術関係の教科が多い――その分、通常教科の授業時間は削られる。その時間を取り返すため、魔術・魔法高等学校は、休日に常に課外授業を実施している。希望者のみではあるが、勉強熱心な――というより、学力を平均以上に保とうとする生徒がそれを受けるのだ。


 閑話休題。


「これから数年間、私は君達に、『魔術』というものの何たるかを教えることになる」


 教壇にたった男が、教室に声を響かせた。

 壮年であった。

 長身である。黒いスラックスがその脚をさらに長く見せていた――身長は185cm程度。服の黒色――色の具合によって縮小して見えるのを抜きにしても細身である。全体的にインテリな印象を受ける。

 しかしその銀縁のメガネの奥に覗く黒い瞳は力強く、目の前に座る生徒全員を射抜くように見つめている。まるで猛禽のようであり、インテリな印象とは裏腹に凶悪な本性を隠していそうでもあった。

 髪は短く無造作に整えられており、色は瞳と同じである。


「『魔術』とは何か。それが『魔術基礎』で君たちが習うことだ。文字通り『魔術』の『基礎』を私は教える。この授業で得た知識を足がかりとすることで、ようやく君たちは他の教科で学ぶことができるようになる」


「逆に言えば、この授業をまじめに受けていなければ、君たちは他の授業を理解することすらできない。そしてこの授業だけをまじめに受けていればよいというわけでもない。この『魔術基礎』は階段の一段目であり、戦うための武具であり、『魔術』という長い道をたどるための道標なのだ」


 そして男は、チョークを手に取った。


「私の名前は鹿嶋かしま 道行みちゆきだ。専攻は魔法理論、担当は『魔術基礎』と体育だ。一年間よろしく。態度が大きいとよく言われるのだが、そこは個性として許してくれ。では早速だが、『魔術基礎』教科書の5ページを開いてくれ――」


 男が文字を黒板に書くところから、授業は始まった。




「――『魔術』とは何か。当然のことを聞くようだが、案外わからないものだ。当たり前のことほど身近すぎて逆にわからないということも多い」


「日常の中の至る所で『魔術』は使われているわけだが……」


「……さて、では早速――君」


 鹿嶋が、一人の男子生徒を指差す。


「名前は?」


 突然の質問に、男子生徒が恐る恐る答える。


『松井です』


 その言葉を聞くと、鹿嶋は満足げにうなずいた。


「では松井、『魔術』とは何だ? 自分なりの言葉で説明してみてくれ」


 少しだけ悩み、松井と名乗った生徒は答えた。


『……魔力を使って何かを、火とか水を起こすこと、ですかね』


「ふむ。二十点の答えだ、テストなら部分点だろうな」


「……さて、ではもう一人ほど、聞いておこうか。君」


 今度は、白髪の女子生徒を指差す。


「名前は?」


『――白峰しろみね 月夜つきよです』


「フルネームか、礼儀正しくてよろしい。さて、では聞くが、『魔術』とは何だ?」


 月夜は少しの――ほんの少しの時間を経てから言った。


『体の中にある魔力を使って、多様な自然現象を起こすこと、でしょうか』


「ふむ! ふむ、ふむ……六十点。テストならぎりぎり正答だと判断されるところだな」


 鹿嶋は少し驚いたように眉を上げ、感心したように月夜の名前を口の中で何度かつぶやく。


「さて。ではそろそろ、正解を教えようか」


 静まり返った教室に、黒板を叩く音が響く。


「魔術とは――」


 まだ響く。


「――まぁ、厳密に言えばこういうことになる」


『魔術=魔力をなんらかの方法で体外に放出し、その魔力をなんらかの方法で操作し、その魔力からエネルギーを発生させることによってさまざまな現象(発火、発電、発光など)を発生させること』


 チョークの音が鳴り止んだ。


「『体内に存在する』という点がミソだ。体外に存在する魔力を使う場合、それは『魔術』とは別物になる。これもまた今度習うことになるだろう」


「ポイントは、『体内にある』魔力を『放出』――口などから体外に出し、『操作』――杖などの魔道具を使ったりして出した魔力を操作し、その魔力で現象を『発生』させる、という三点だ。これさえ押さえていれば、テストで必ずその問いに対して満点をもらえる」


 各々が真っ白の新しいノートに書き込む中、先ほど考えを述べた月夜が挙手した。


「……熱心なことだな。ああいや、皮肉じゃないぞ。さて、何だ?」


『『体内に存在する』と先生は仰いましたが、なら『体外に存在する』魔力を使った場合、それは何と呼ばれるのですか?』


「……ふむ。これはまた今度教えるものなのだが、まぁ聞いておいて君たちに損は無い、か」


 黒板の隅のほうに、単語を書く。


「――それは『魔法』だ。魔術と魔法の根本的相違点は『使用する魔力が体内にあるか体外にあるか』だけだ。いや、そう言うと魔力の塊である『魔水晶』を使って行使する魔術も魔法であるということになってしまうのだが……まぁ、そういう認識でいい」


「ただし、その違いが大きな違いを誘発する。その違いのせいで私は『魔法』を使うことができないし、他の教師陣にも『魔法』を使える人は少ない……簡単に『魔法』を使えるのは校長先生くらいだ」


「魔力が体外にあることがどんな弊害をもたらすかは、それこそ授業の進度が進まないと説明するのは難しい。分かったか?」


『……わかりました』


「――まぁこの中にも、一人くらい『魔法』が使えるようになる生徒も居るかもな――さて、話が脱線したな……なんだったか。そうだ、魔術とは何かだったな」


「さっき言ったのは飽くまで厳密な定義だ。ざっくり説明する場合は『魔力を使ってさまざまな現象を起こすこと』と言ってくれて別に良い。先ほどのような説明をいちいちするのは言うほうも聞くほうも骨だ」


「さて、『魔術について』というのは以上だ。短かっただろうが、質問はあるかね?」


 誰も手を挙げる者は居ない――鹿嶋は少しだけ肩をすくめて言った。


「本当にいいのかね? わからない場所をわからないままほうっておくのが一番良くないのだが」


 それでも手を挙げる者は居なかった。


「……そうか。まぁ、恥ずかしくて挙手できない人が居るなら、授業のあとか放課後にでも聞きにくるといい」


「次は――『魔力』についてだ」


「これについては、さらにざっくりとした説明をしておく――詳しくは三年生で習うだろう。興味があれば私に聞きにくるといい」


「さて――『魔力』。耳慣れた言葉だろう。『魔力』というのは、魔術や魔法を使うのに必要な力――エネルギーのことだ。中学校の理科で習っただろう、人間は物を食べることで必要なエネルギーをたくわえ、それを運動や思考に費やす、と。魔力も同じだ、『魔力』とは『魔術』や『魔法』の行使に必要なエネルギーだ」


「基本はそれだけだ。拍子抜けするほど簡単に聞こえるだろうが、一般的認識で言えばこういうことになる。もちろん専門的に説明すれば一年ほどかけなければ教え切ることはできないが」


「まぁ、今日はこの二つだけを覚えて帰ってくれればいい。『魔術』とは何かということと、『魔力』とは何かということ」


「――今そこであくびしたやつ……龍安というのか? お前今、そんなに難しくないと思ったな」


 あくびをしていた生徒に人差し指を突きつけ、座席表を見て鹿嶋は言った。


「言っておくが、『魔術』は『魔術基礎』に始まり『魔術基礎』に終わるとも言われる。基礎知識がしっかりとしていなければどうやってもその力は生かすことができない。地力あってこその応用だと分かれ」


「今日の授業は序の序のまた序。進度と難しさはどんどん比例していくぞ――」


 鹿嶋がにやりと笑ったとき、ちょうどチャイムが鳴った。


「……ふむ。では次の授業は明日のようだから、7ページから9ページの予習をしておくように――起立」


 かつん、という鹿嶋がチョークを置く音とともに、初めての『魔術基礎』の授業は終わった。

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