部活動見学 ― 1
委員会と係決めが終わり、さまざまな説明を聞かされ、ようやく生徒たちは解放される。
あまり興味のない話を聞くというのは、非常に疲労するものである。彼は途中から担任の教師――火魔術が専門分野と言っていた
「――
そしてそこに追い討ちをかけるがごとく、後ろの席に座る
「……部活動、ね……どうしようか。魔術高校なんだから、特有の部活とかがあるんだろうけど」
「いろいろあるらしいよ? 一応入学前にパンフレットもらったんじゃない?」
「……そんなのあったっけ、覚えてないな」
「あはは。龍安君ってぼんやりしてるよねー」
「失敬な……」
「中学校では何か部活してたの?」
「……帰宅を少々……まぁ、一応見学してみようか。飽くまで一応だけど」
慎は中学校時代、帰宅部であった。運動部はどれも彼にとってはきつそうなものばかりであったし、文化部も、興味をそそられるものはなかった。文芸部という部活は、慎の元居た中学校にはなかった。それに、両親も無理に部活に入らせようという考えの人間ではなく、好きなようにすればいい――ということであったので、慎は結局部活に入らなかった。それに、部活がなかった分、その余った時間で本を読むことができたし、勉強をしなければならないという時には好きに勉強することもできた。成績維持と学力向上は部活の代わりに見合う価値だと慎は思っていた。
まあ、高校生になったのだから、一応部活動を見学するくらいはしてもいいかもしれない。面白そうだったら体験入部してもいいかもな。
慎が、そういった、彼にしては積極的な考えを持ったのは、茜の快活さと行動力に影響されたところもあるかもしれない。
「じゃあさ、じゃあさ」
再び突っ伏そうとしていた慎に、茜が声をかける。
「……何かな」
「一緒に見学しようよ、部活っ」
「……へ?」
なぜか楽しげに、快活な声で、茜が言った。
「ここ、魔術生物研究部って言うらしいよ」
手元の紙を覗き込みながら、茜が言う。
部室となっている部屋の前。廊下に二人――慎と茜が立っていた。
「『魔法生物』じゃないんだ。魔術生物ってなんだろう……面白そうだね!」
窓から中が伺えたが、中にたくさんあるケージの中にはなにやら異形が入れられている。
ハゲタカの頭を持ち、足の変わりに触手が生えていて、尾はうろこに包まれている生物。
目が三つある、ゲル状の体を持つ不定形の生物。
毛むくじゃらの、足を三本もち、尾が二本あるカラス。
この世のものとは思えないような生物――のようなものが、たくさんそこにいた。
非常に気味が悪い。外から見ただけでその部室に入ってみようという気を失う。
おそらくそれらは、さまざまな動物を掛け合わせ、また形質を意図的に作り出した生物――所謂『キメラ』ではないかと慎は考えた。もしそうだとすると、生物への冒涜極まりないことをしているといえる。
部室の中をまだのぞいていない茜がふんふんと興味を持っている間、さて、ちょうどSAN値を削られかけた慎はというと――
(――この学校、研究部が多すぎじゃないか?)
と、辟易としながらそう考えていた。
そう、この『魔法・魔術高等学校』には研究部が非常に多いのだ。
火、水、木、土、雷、氷、etc……と、魔術の、世間一般でメジャーな属性の研究部は必ずあるといっても良い。さらに、同好会はマイナーなものも含むため、それ以上に多い。魔術とはこれほど多彩だったのかと目を見張るほどだ。
「……僕はもう、研究部関係はいいかな」
すでに飽き飽きとした様子で、慎が言う。
「え、そう? 私は面白いと思うけど……」
無垢な茜は、そのまま部室の戸をノックしようとする。慎は少し語気を強めて言った――さすがに二人そろって正気を削られるのは勘弁したいという思いからだ。
「他の部活にしよう。研究部はもう飽きた。研究、研究、研究――研究ばかり。つまらなさそうだ。中園さんが見たいって言うなら別にいいけど、研究部以外にはないかな?」
「そんなに言うなら、そうする? ……えっと……あるね。これとかどう?」
茜が指したのは、『魔術薬学部』という文字だった。
別棟に部室が置かれた魔術薬学部は、文字通り魔術による製薬を研究する部であった。
そこは非常にファンタジックで、しかしケミカルな様相をしていた。
魔術を利用する薬学。魔術であり科学である。矛盾、ちぐはぐだ――想像も付かないだろう。
簡単に言えば、一言で表してしまえば、『魔術薬学部』とは『科学を魔術する』部活動だ。
薬とは科学及び化学知識の結晶である。無数の化学物質を組み合わせて作られ、人体を正常な状態に治す役割を果たす。風邪薬であっても、抗生物質であっても、大抵の薬でもそれは同じだ。
その化学の極致である薬品を、魔術で再現しようというのが、この『魔術薬学部』なのだ。
まぁ、それは飽くまで学生の――アマチュアの研究で、プロの専門家の行うものには数歩及ばないようだが。
さて、では、例えば液体の飲み薬を魔術で再現するとしよう――すると『ポーション』と呼ばれるものができる。某有名RPGでも登場する回復薬だ。ポーションは、即効性の傷薬といえるだろう。飲み干してもいいし、傷口に振り掛けるだけでもいい。それだけで傷が消える――科学ではまだ不可能な、夢のような薬だ。
ちなみにそれはれっきとした『魔力理論』に基づいて作られているのだが、それはまた後に述べることになる。
もちろん、『再現』なのだから、原材料も、製造過程も、そして出来上がった形状さえ違う。しかし、時にモデルとなった薬品より効果が薄くなったり、またその逆もある。ポーションは前者の方である。
さて、その『魔術薬学部』を見学しに行った二人なのだが――
「――うぇ、美味しくない」
「うん、吐きそう」
――見学をしに行ったはずの二人は、いつの間にか新薬のテスターとされていた。
『どうかね、新薬の味は……いや不味いだろうがね』
「……これ、効くんですか? というかそもそも何の薬ですか?」
二人が部室の前に立った瞬間、実験をしていた部員が部屋のうちから、ぎろりと血走った目で――寝不足によるものだ、決して狂っているわけではない――二人を捉えたと思えば、いつの間にかあれよあれよと二人は薬の研究につき合わされていたのだ。薬の効能も効き具合もまったく知らされておらず、ただ副作用はないということしか聞かされていなかった。
『それは魔力が増える薬だ。正確に言えば、魔力の体内生成を超活発化させることによって魔力の回復を早める薬なのだがな』
「……?」
『ああ、まだ習っていないか。それなら仕方あるまい……ああ!』
急に白衣を着たその部員が頭を抱えて声を張り上げる。
茜と慎は跳ね上がった――二人同時に、この人は変わった人だな、という考えを持った。
『入りたての一年生では魔力が増えたかどうかという感覚もまだ掴んでいないではないか! 糞!』
『なんということだ、では他のテスターを見つけるしかないではないか……あぁ、すまないな、もう行っていい。ああ、ついでに勧誘もしておくが――魔術薬学部に入りたくなれば、いつでも門をたたきにきてくれ。いや、部長から部員が増えないと小言をもらっているのでな、とりあえず言って見ただけだ。いやだったら別に来なくてもいいぞ、はは』
ということで、二人は部室から押し出された。
嵐のような出来事であった。
入部することは絶対にないだろうと二人は思った。
「……なんだったんだろう」
「なんだったんだろうね……」
無駄に疲れた二人は、どうしようか、他にどの部活を見ようか、と話し合いながら、ゆっくりと歩き始めた。
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