昭和の匂いが漂います。




「綺麗ね……」

「君の方が綺麗だよ」

 高層にある、洒落たバーも併設されたレストラン。

 建物から、車から、発せられる灯りが闇夜に浮かび、またたき、離れた場所からはその騒々しさを感じさせず、寧ろ静謐せいひつなのではないかと見る者に錯覚さえ与える。

 そんな夜景に視線を向けた女の言葉に返ったのは、傍近くに立つ男の甘い声。

「もう、たかしさんったら……」

 一度声に釣られたように男に顔を向けた女は、直ぐに恥ずかしげに目を伏せ、その視線を逸らした。

 隆は目を細めて、女の腰に手を廻す。が、触れるより前に女の手が隆のシャツを掴んだ。

 動きを止めた隆の顔を、女は下から窺い見る。

「喉、乾いちゃった……」

 眉尻を下げて、訴える女のその頬は、僅かに赤らんで。

「ああ、そうだな。何か飲もうか」

 恥ずかしさから話題を変えた女を愛しく思った隆は、今度こそその腰に手を廻した。

 そして女を伴って、バーカウンターのある方へと足を進める。

 嬉しげに頬を緩め、寄り添うように歩む女。だが、よくよく見ると、その瞳は笑ってはいなかった。


(……──本当に、さっぶい台詞せりふ言う男っているのか。──無理だ。酔わせて、さっさと帰ろ)






 ──女は意外と冷静なのです。






【昭和の匂いが漂います。・完】

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