第12話 小高き丘と忠義モノ

平原を抜け、疲れぬ体でひたすら真っ直ぐ、道なき道を越えた先。

風が潮の香りを含み始めた頃、そこで本物の海が最終兵器を迎えていた。


荒々しく打ち付ける波。

強く吹き付ける風。

どこまでも高い青空。

そして、世界を包み込むように存在るする海。

いつまでも見ていたくなるような光景が目の前に存在する。


以前見た海とは別の世界。

しかし、体が締め付けられる様な感覚を覚えるその光景は、やはり何処か寂しいものを感じずにはいられなかった。

感傷に浸りながら、海岸沿いを歩く。


しばらく歩いた所で、一つの小高い丘が目に留まった。


風と波に削られた岸壁が数多く存在する中、その丘は綺麗な壁面保ち、場にそぐわぬ雰囲気を醸し出している。


勿論、興味が湧く。

そして、その場所に足を踏み入れる事にした。



「何者か!! ここは我らの領域ぞ!!」

強い言葉が最終兵器を叩く。


足を踏み入れるまで気付かなかったが、そこは一面の花畑。

強い風にも負けず育つ花の王国。

その世界に、最終兵器は見惚れてしまった。


「・・・、 おーい! 聞いとるか? もしもし? 小童?」


うるさい。

だが、良い気持ちだ。

潮風に身を任せ、この花畑で横になるのも一興かもしれない。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!

 何て事をするんだ! 小童!! そこで寝るんじゃない!!

 花が・・・ 花が潰れる!!!」


何だ・・・ こいつは。

先程から五月蠅いにも程がある!!


そんな風に思いながらも、、、 耳を傾ける事に。


「聞く耳もたんか・・・ 良い度胸だ!

 だが、私をあまり怒らせない方がいい!! チクッとしてやる!!

 気付いた時には手遅れになるぞ!!」

「手遅れって、なにが?」

「!?」


声を掛けてやると、そいつは押し黙った。

それは、言葉が通じると思いもしなかった者の反応。


「こ、小童!! 話せるのか?」

「一通りは」

「わ、ワシは昆虫族ぞ!!」

「だから?」


物おじせぬ反応に昆虫族を名乗る者が呆れる。

でも、彼にもまだ切り札の一言があった。


「ワシは、魔族ぞ!! 怖いぞ!! チクッとすればお前は死ぬぞ!!」


魔族。

存在は知っているし有り触れている。

なんせ奴らはそこら中に存在しているからだ。


魔界より来たりし侵略者達。

王を名乗る者が人間界に侵攻してきた事もある。

が、間が悪かった。

勇者と言われる存在によって、討伐されたと聞く。


だが、残党はまだ世界中に存在している。

そして今も増え続けている。 らしい。


「おーい! 小童!! 聞いているのか?

 魔族ぞ! ワシ魔族! ねー聞いてる?」


声の主に目を向ける。

そこには、槍の様な棘を持った蜂の姿があるのみ。

とても小さく、最終兵器の脅威とは、、、 言えない。



両手を上げて降伏を示す。


「ごめんなさい。 だから、ここで暫く寝かせて下さい」


忠告を受けても自分の意を通す最終兵器の舐めた態度に蜂は激怒。


「小童! もう許さんぞ!!」


棘を最終兵器めがけて一閃。

呆気なく一撃を叩き込む。


最終兵器は、、 倒れたまま動かなくなった。



「悪く思うな」


動かない最終兵器に優しく語りかける蜂。

この後、寝息に気付き憤慨するのだが・・・ 最終兵器は何をしても起きる事は無かった。





気持ちのいい目覚め・・・ とはいかなかった。

気付けば、体は土に埋まり、首から上だけが地面に出ている。


頭の上には小さな感触。

正体は勿論、蜂。


「どうだ? 上にのられ気分は?」


蜂の言葉に、現状のありのままを伝える。


「悪くない。

 なんだか優しく包まれて、暖かい。 少し窮屈だけど、有りな感じ」


そんなマイペースな答えに、蜂は涙を流した。


「情けない・・・ 如何すれば貴様に潰された花の無念さが伝わる?

 如何すればよいのだ?」


意外な声音に、最終兵器は戸惑う。

まさか、泣き脅しで来るとは思わなかったのだ。


「ただでさえ無力なワシは如何すれば・・・

 ただ守りたいのだ!! この場所を!!

 かつて、我が主が治めた領地の名残を!!

 守りたい、、、 だけなのだ・・・」


蜂の力説が止まる。

そして、蜂のつぶやきが始まった。



空を見上げ、海を見下ろすこの場所に、その城は存在した。

嘗て大きな権勢を誇った魔族の城。


美しい城だった。

城の庭園にはいつも綺麗な花々が咲き誇り、客人を迎えていた。


庭園では茶会が執り行われる事が多く、

振る舞われる菓子とハーブティーの匂いを今でも覚えている。

匂いに誘われた蝶達が躍りあかす姿に、誰もが目を留めたものだ。


海と空に囲まれた花園。

本当に美しかった。


だが今では・・・

風が全てをなぎ倒し、波が全てを洗い流した。


残るのは庭園の一部。

丘の上の花畑だけだ。


この地はまだ我が主の魔力を残している。 

故に大地は壊れず花が咲く。


言ってしまえば、花は我が主の忘れ形見。


ワシはただその名残を守りたいだけなのだ。



「美しい。 いいね!」


最終兵器が口を挟む。

人が使う兵器として生まれた彼?彼女?に、魔族に対して一切の感傷は湧いてこない。

しかし、美しいと聞くその景色には興味があった。


理由としては十分じゃないだろうか?


蜂が呆れた顔で此方を見詰めているが、気にしない。

最終兵器は動いた。




この地に残る記憶に願う。

土に埋もれているので両手を合わせる事は出来ないが、目を瞑り、真摯に願った。

『あの美しき世界をもう一度』




その一瞬の変容に、蜂は戸惑いを覚える。



そこは庭園。

在りし日の風景。

復元を試みるも己の無力さに、諦めた世界。


嘗ての城は存在しない。

だが、青き海と空に囲まれた花園は昔の名残をとどめている。

海に削られた筈の大地が、花の香りと共に蘇っていた。

辺りを見渡せば庭園を囲む一面の花畑。

そんな世界を優しく海と空が包み込む。


まだ蝶の姿を確認できないが、花の匂いにつられて何れはやって来る事だろう。



「おい、小童! 何をしたんだ!!」


蜂の声に返答は帰らない。

先程まで土に埋もれていた筈の子供の姿はどこにも無かった。


「おい、まてよ・・・

 礼ぐらい言わせろ・・・」


辺りを懸命に見渡したのだが、涙で霞む視界では子供の姿を捉える事は出来ない。

蜂は意を決し大声で叫んだ。


「ありがとよーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


それは、虫が奏でる小さな音。

風と共に・・・ 掠れて消える。





うるさい。

そんな言葉を心で叫ぶ子供の姿があった。


表情は不快感を示している。

やはり、魔族の感傷に感じ入る事は出来ない。

そう創られているのだろう。


何かモヤモヤとした消化不良を感じながら、最終兵器は旅路へと戻る事にした。

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