第2話 うちの子は家出なんてしません
何故、こうなってしまったのか?
途方に暮れるドラゴンが一人。
翼だけを広げ人間の姿であてどなく飛び回る。
捜索範囲は住処の周辺の半径20キロ。
盗人の足ではそう遠くへは行かないとの判断からだ。
私には翼がある! 地を這う生物に後れは取らん!
そんな過信のもとに捜索を始めた。
というか、今のエリスではそれ以上の思考が回らない。
捜索範囲も適当だ。
そもそも相手が人間なのかも分らない。
なにも・・・ 分らない。
どうしたらいいのか、、、 分らなかった。
どうすれば・・・
エリスの怒りはとうに消え失せていた。
今は喪失感と悲しみで心が溢れている。
目からは止めどなく涙があふれ、捜索作業の妨げとなっていたのだが、
それを手で拭う事も忘れ、涙目のドラゴンは空から地上の捜索を必死に続けていた。
手では握りつぶされる形となった置手紙が空しく真実を告げているのだが、エリスは気付かない。
気付こうとしていなかった。
あの子との生活が始まって1000年こんな事は一度だってなかった。
でも、幸せな日々だけが続いていたわけではない。
ドラゴンの住処は財宝の宝庫。
故に、それを狙った盗人など幾らでも湧いて出る。
彼奴らは正義を語り、ドラゴンを悪として攻めて来る。
しかし、正義を語ったところでやる事はいつも泥棒。
集めた財を盗む、それだけだ。
いつもの事。 良くある話。
だから、何時だって撃退してきた。
守ってきたのだ! 最高の
なのになんで?
私が留守の間に・・・ 間が悪すぎる・・・
盗人・・・ ゆるさん。
人間・・・ ゆるすまじ・・・ にんげん!
ん? 人間?
エリスは閃いた。
そう、人間である。
盗人は何時だって人間だ。
それにあの子は人間が使う兵器である。
探すなら、人間の住む社会。
吹き飛ばすか? ・・・ナイナイ。 それは無い。
あの子が怪我をしたら最悪である。
地道に捜索するしかない。
あの子が帰るなら、なんだってやれる気がした。
そうと決まれば、近くの町。
そこで情報を集めなきゃ!
―――1時間後。
???「奥さん! 話を聞いていますか?」
エリス「当たり前だ! こっちは真剣なんだ! 大切な物を持っていかれる気持ちがお前にわかるか?」
???「奥さん! 落ち着いてください! 冷静になって下さい!」
エリス「私は何時だって冷静だ!」
その言葉に、男が押し黙る。
目の前では軽装の鎧を着た男が私の相手をしていた。
ここは小さな個室。
男と二人で軟禁状態である。
少し前に連れて来られたのだ。
理由は・・・ え、っと・・ その・・・
不審者として・・・
通報の元となった証言はこうだ。
「変な女がいる」「号泣しながら、通行人に絡みまくっている」
「時に奇声お上げ、露店営業の邪魔をしている」
「あの子はどこだと、意味不明な事を言っている」「なんだか怖い」等数件。
男が哀れな者を見る目でこちらを見ていた。
◆
男は思う。
複数の証言と女の言い分からするとこれは人攫い。
子供が攫われて、頭がおかしくなってしまった悲しい女の成れの果てである。
同情の余地があった。
しかし、迷惑をかけるのは良くない。
彼女には更生してもらう必要がある。
容姿も若くて美しい。
更生すれば新たな人生が開けるはずだ。
そんな確信が男にはあった。
しかし、どうする。
どう諦めさせる?
このご時世だ、人攫いなど珍しくもない! とでも言うのか?
いやだ、言いたくないよ、俺。
彼女は美しいが頭はおかしい。
言ったら殴られるかもしれない。
今も睨んでるし。
興奮状態で冷静だ! とか言ってるし・・・
なんで俺がこんな目に?
・・・どうする?
悩んでる内にも時間は過ぎた。
何か、切っ掛けが・・・ ん!
女が紙を握っている。
グシャグシャになってはいるが、放さない事から大切な物の様だ。
助けがそこに在った。
男は逃げる道を選んだ。
よし、この確認から始めよう!
男「奥さん、その手の紙は?」
エリス「テーブルに置かれてた手紙」
男「なんと! 犯人の置手紙ですかな? して、その内容は?」
エリス「・・・」
男「身代金ですか? 何か高価なものをお持ちで?」
男が訝しむ様な目でエリスを睨む。
エリスの格好は褒められる物ではなかった。
そこから推察するに貴族ではないと判断している。
要するに金など持っている様には見えないのだ。
エリス「お金なら幾らでも払う! だから、あの子だけは返してくれ!!」
それは悲しい言動だった。
親ならそう言うさ。
しかし、現実は甘くない。
何故なら、彼女は要求額を払えないのだから・・・
何もかける言葉が見つからない。
男はやはりその手紙にすがるしかなかった。
男「奥さん・・・
申し訳ないが、その手紙を見せてくれませんか?
証拠物件です。
それに、何か分るかも知れません」
適当な事を言っている。
男には、その自覚があった。
しかし、言っている事に間違いはない。
手掛かりがその中にあるかも知れないのだ。※解決できるとは言っていない。
手紙を見て結論を出そう! 男はそう結論付けた。
ところが、その言葉で彼女の様子が変わる。
『何か分るかも知れない』と言う言葉が効いた様だ。
表情が明るくなり、美しさが際立つ。
その姿に男は思わず顔を赤くした。
ドン!
個室に設置された机の上に叩きつけられる手紙。
彼女の表情がこれを見ろと言わんばかりだ。
エリス「見て下さい! この手紙! 本当にありえません! あの子がこんな事書くはずが無い! 脅されたに決まってます!」
?
彼女は何を言っているんだ?
手紙は脅迫文ではないのか?
ところどころ分からない部分はあるがとりあえず手紙に目を通す。
◆
男「あの・・・」
エリス「何?」
男「ドラゴン?」
エリス「!」
ばれると不味い事が書かれている事に気付き顔が青ざめる。
しかし、持ち前のコミュ力で抗って見せた。
エリス「お、おふざけだ。 あの子はそういう子だから・・・」
声が上ずってしまった。
現在に至るまで友達が一人のエリスには十分な出来の返しだが、何とも頼りないコミュ力であった。
男は「そうですか」と訝し気な表情で答えたが、追及してくる事は無い。
しかし、手紙を読む前と態度が違う。
そしてその答えが男の口から述べられた。
男「家出ですな」
冷酷なまでに冷めた目をエリスに向ける男は、ぼそっと小さな声でそれを告げていた。
それからの対応は酷い物だった。
エリスが「うちの子は家出なんてしません!!」と叫んだのを切っ掛けに、
男が「どこの家庭もそう言いう! ふざけ合う文言もある。 これは本人の意思だ!」と返し、話はそれ以降平行線。
しまいには頭がおかしな女のレッテルを張られて追い出される事となった。
・・・納得がいかない。
納得がいかなかった。
このまま怒りに任せて、この地を灰に帰すのも一興かもしれない! 本当にそう思った。 のだが、辞めておく。
あの子が見つかるまでは、お尋ね者になる訳にはいかなかった。
それ位の自制心はエリスにもある。
「今回だけは許してやる!」
エリスはそう言い残し、その町を出た。
言葉と共に指を突き出したポージングが妙に様になっていたのだが・・・
その事にエリスが気付く事は無かった。
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