第5話 森のなかで出会うやつの定番と言えば?

「おい、街はどっちだ?」


「分かりません」


 かれこれ、どれくらい同じ会話をしたのだろう。

 辺りを見渡しても木々が生い茂っているだけ。俺達は無事に平原を脱出したのだったのだが、今度は森の中にいる。ふぅ~、つまりな。


 はい、絶賛迷子中です。


 だって仕方ないだろ。異世界だし、土地勘があるわけじゃないしな。幸いまだ、魔物の類いの生物が出て無いことが救いだろう。


 メイド二人は知ってるんじゃないかって?


 聞いてみたら、ミルに「知らなーい」って満面の笑顔で言われたよ。可愛いから何も言えないけどさ。


 アリシアは何か知ってそうな顔をしているけど、「分かりません」しか言わないしな。


 それにしても、


「何で生き物の気配が何一つしないんだ? 魔物は兎も角、動物もいないぞ」


「え?」


「はい?」


 俺がさりげなく漏らした言葉に、ミルとアリシアが驚いたような呆れたような顔をする。


「トオルさま、生き物の気配は、いっぱいしてますよ?」


「マジで?!!」


「マジです」


 はい、どうも俺の勘違いだったようです。


 は、恥ずかしい。


 きっと俺の顔は今、真っ赤になっているだろう。こんな時に、穴があったら入りたいなんて使うだろうな。もう、身を隠したいもん。


 あ、ちなみに呼び名がご主人様から名前呼びに変更してもらいました。まあ、こっちの方が気が楽だし。アリシアだけは、変わらなかったけど。


 それより、恥ずい。


「ご主人様? 知ったかですか? 笑です」


「う、うるせぇい。恥ずかしいから掘り返すなよ」


 アリシアは待ってましたと言わんばかりに、からかってくる。笑ってなんだよ。実際に言葉にしてるやつ初めてみたわ。


 こやつ、絶対Sだよな。なんか、俺を弄るとき生き生きしてるもん。


 大体、今思えば生き物の気配なんて分かるわけないじゃん。なんだよ、気配が分かるって。気配ってどうやって読むんだよ。


「えっ? 『気配』は『けはい』って読みますが」


「知っとるわ!」


 まったく、知ってるっての。でも、何で生き物は姿を見せないんだ? こちらから隠れているみたいだ。まるで何かに怯えているかのように。


「トオルさま、スッゴいスピードで何か来ます」


 先程のはフラグだったようです。ミルが両手を大きく振り、何度もぴょんぴょん飛びながら警告してくる。そしてミルとアリシアは俺の前に立ち、守るかのように構える。


 情けないことだが、まだ俺には戦うすべはない。二人に任せることがこんな悔しいことなんて知らなかった。


 だがそんな心情をよそに、やつは姿を現した。


 体長は三メートルほどあるのではないだろうか。真っ赤な体毛に覆われ、鋭い爪が生えている。口元からはうっすらと牙が見え隠れてしていて、目はこちらをとらえている。


 そこには、あちらの世界ではあり得ない熊がいたのだった。


「へ?」


 思わず、間の抜けた声が出る。


 ......これ、勝てるの? これが初めて異世界で恐怖した日だった。

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