これこそが
月日は流れ、四月上旬。
入学、入社、出会いの季節などと言われる時期だった。
だがそれは、学校という施設がまだ世界にあった去年までの話。
人の成長を、育成機関の完全崩壊という形で破壊した“神”と名乗る人間。まさかそいつが、東京駅の人ごみの中で立ち尽くしているなどと、誰も思っていなかった。
無論目立つ仮面を外し、計画の実行を待ちわびる内心を生まれ持った皮膚と皮で隠しながら、とある店の前で立ち尽くす。
何度も腕時計で時刻を確認する姿は、友達か恋人を待つ人としか映らない。誰もそれが、神などとは思わなかった。
そんな神の背後に、帽子を被ったロングスカートの女性が歩み寄って来た。変装したアフロディテだ。
「……待ち合わせ、遅れちゃってごめんなさい。済ませられる急用がありまして」
「……そうか。いや、いい……十分程度しか、待ってない」
神の表情が曇る。
デートの待ち合わせという設定上の会話に紛れ込ませた状況報告に、皮膚と皮の下の内心は驚愕し、目を見開きそうになっていた。
(計画を十分後に? いや、大したことがないなら……まだ……)
「あ、あの……」
「い、行こうか……新宿だったな」
とりあえずゼウスの報告を聞くため、新宿へ。
アフロディテを率いて歩く神の脚が、思わず早まる。そのときだった。
「あの、今日は新宿じゃなくて……その、目黒に行きたいのですが……ダメですか?」
(新宿で、アクシデント……?)
「そ、その……さっき交通情報を見たら、秋葉原付近の踏み切りで事故があったって……ですから」
「交通……事故?」
冷や汗とは名ばかりの生温かい汗が頬を伝う。目を見開くほどの驚愕が、危うく皮膚と皮の下から出そうになった。
「……そうか、それは残念だ。ではまた今度にしよう。では、目黒に行こうか。もうすぐ急行が来る」
(目黒ならアテナがいる……とりあえず奴と落ち合って計画を――)
頭の中の思考を掻き消す爆発音。神にはそれが、悪魔を閉じ込めていた
「浜松町で、爆破処理演習だってさ」
「嘘だろ? 何にも聞いてねぇぜ?」
「どうも日程が変わったんだと。困るよなぁ、電車が暫く停止らしいぜ」
若者達の会話を聞いて、地獄は一気に全身で感じ取れた気がした。
ネットニュースの速報欄を、アフロディテがケータイで確認する。
「あ、本当だ……どうやら、有楽町から品川まで……ダ、ダメみたいです」
(有楽町から品川まで、爆弾を処理された……?)
驚愕はついに皮膚と皮の下から浮かび上がり、神の目を見開かせた。腕の震えを止めるため、爪が食い込むほどに手が握り締められる。
「あ、あの……」
「フム、どうするか……とりあえず、池袋辺りに行こうか?」
(ハデス、奴の場所がもしバレれば少しマズいか……しかしどういうことだ……今回は参加者の誰にも警告してはいないはず。何故こうも作戦の内容が知られている?)
「む、無理です……あそこでは、今朝から純警隊が指名手配犯の情報を掴んだとかで、巡回してます……私、警察とか苦手で……」
(純警隊の巡回? ……どうなっている。新宿、目黒、池袋、部下を配置した駅の近く、またはその駅で何かが起っている)
神のケータイが震える。電話の向こうで慌てふためくポセイドンの声が、神の鼓膜を突き刺すように揺り動かした。
「神様?! 奴らが、奴らが山手線の各駅に集結し始めた! どうなってんだよぉ?!」
「落ち着け。どこに何が置かれているか、ちゃんと説明なさい」
ポセイドンの報告を受けながら、神はアフロディテにケータイにメモさせた。
そして電話を切ると同時に、肩を揺らしながら笑い出した。
「あ、あの……」
アフロディテからしてみれば、その笑みは不適と映る。
しかし神は笑っていた。さも自分の望む展開に、ようやくなったと言わんばかりに。
「おもしろい。おもしろいではないか。フフフ……参加者が、ようやく動き出したぞ……フフフ……これこそ神様捜索ゲームだ。私も準備しなくてはな」
「か、神様?」
神の手に、黒の面が握られる。
そしておもむろに、その面を嵌めた。
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