東京へ

 千葉県 千葉国際博物館


「あうぅ……な、直したい……直したいってばぁ……」


 普段よりやや西を向いている、と自分の中で勝手に思っている彫刻を柱の影から見つめ、霧黒むくろは飛び出したい自分を抑えていた。


 神のゲームに参加している自分が、客のいるまえで何時間も修正作業をするわけにはいかない。

 

 顔が公開されたことで一時的に霧黒を目当てに来る客も多かったが、霧黒が出て来なくなったことで客足も落ち着き、徐々に安定し始めていた。

 故に霧黒が出て来ては二の舞なのだが、直したいという衝動が抑えられない。


 そんな葛藤を陰でしていた霧黒に、博物館の職員が駆け寄った。


「副館長、少しよろしいですか。お客様です」


「何、客? またマスコミではないだろうな」


「いえ、純警隊の方々です」


 純警隊、その言葉が霧黒の眉間にシワを寄せた。

 まだ警察という名前だったとき、やってきた彼らがしたことを思い出すと、嫌な予感がしてしまう。


 が、対応しないわけにもいかない。


「わかりました、では……そのまえに、君のネクタイを直していいでしょうか」


「な、直しておきますから、先に行って下さい!」


 ここでも直せず、もどかしさが残る。


 後ろ髪を引かれる思いを胸に、左目に掛けた片眼鏡のレンズを拭きながら、純警隊が待つ正面玄関へと向かっていった。


「お待たせしました。副館長の霧黒と……」


 純警隊だと聞いて来ていた霧黒は、純警隊の中にいる制服の女子がいることに少し驚いた。


 他の三人の男は確かに純警隊だが、様子がおかしい。

 下を向いたまま何も言わず、彼女を囲むようにただ立ち尽くしていた。


「あなたが、Nメールの霧黒さん?」


 彼女の質問に、えぇと頷く。


 そんな霧黒を見つめ、彼女は「へぇ、いい男じゃない」と呟いた。


「私、Qメールの薔薇園万理ばらぞのまりっていうの。光輝こうきくんとは、知り合いの仲よ」


斉藤さいとう様の?」


「えぇ。彼は今、純警隊の監視下にある病院で入院しているわ」


「何と……容態はいかがなのでしょう」


「問題ないわ。あれは役目を果たすまで死なないわよ。フフ、それよりも、親友からのお願いを預かってきたの。一緒に東京に来てくれない?」


「東京に?」


「斉藤光輝が動けない今、あなたの力が必要なのよ。Nメールのお兄さん」


 京都府 京都府附属大学病院


 開いた窓からそよかぜが入り込む病室のベッドで、マリー・ルイフォンはスースーと寝息を立てていた。

 扉をノックする音に起こされ、ゆっくりと、しかし確かに自分の力で体を起こす。

 こうして自分で起き上がれるようになったのは最近の話で、それまでは何もかも人の力を借りなければいけなかったが、その必要がなくなって本人が一番安堵していた。


 返事をしながら擦った目で、入ってきた男を見たマリーは優しく口角を持ち上げる。

 これが医者や看護師なら少し緊張しただろうが、その人はなんとなく安堵できる人間だった。彼女と一緒に、自分を助け出してくれた一人だから。


「警部さん……」


「気分はどうだ?」


 自分のことを聞かれたというのに、「順調だそうです」と笑って答える。


 安心した警部――二界道にかいどうは椅子を引っ張り出し、ベッドの隣に座った。


「今日はちょいと、相談があって来た。あんたに、東京に来て欲しいんだ」


「東京に?」


「……知ってると思うが、このゲームにあんたが参加してると知って、不満を持ってる人は皆、あんたを白い目で見てる。俺も、廊下でヤな顔されながらここに来た」


 メールで辛いことがあるマリーには、辛い追い討ちだ。

 だがマリーはその辛い追い討ちを受け止め、はいと頷いた。


 そんな彼女に何となくいつも通りに話せない二界道は、やや調子を狂わせながら話を続けた。


「そこで今度から、あんたを純警隊おれたちが監視できる場所に置いておきたいんだ……どうだろうか」


 マリーの表情が、やや曇る。


 また所変わって、芸能事務所“MCR”本社


 歌姫詩音しおんのゲーム参加が判明してからずっと、正面玄関から押し入ろうとするマスコミがいる中、二人の青年は不法に窓から侵入してニヤニヤ笑いあっていた。


「よしっ、行くぜ」


「あぁ……詩音に会える!」


 対応に追われる大人の目をかいくぐり、二人はグングンと先へ進んでいく。


 だがその脚は、同時にエレベーターのまえで立つ青年によって止められた。


 片脚を軽く引きずりながら、二人にゆっくりと近寄ってくる。


「あ? 何だ、てめぇら」


 凄まじい威圧感。

 自分達とは明らかに違う青年に、二人は同時に臆して同時に震える。


 だがそのうちの片方が、そうだと思いついたと言わんばかりに表情を明るくし、青年にこう通そうとした。


「お、俺達、詩音の友達なんだ!」


「ダチだぁ?」


 なるほどいい言い訳だ、と隣の彼も片割れに合わせて。


「そ、そうそう! マスコミを見てさ、心配になって来たんだよ! だから通してくれません?」


「こんなことになっちまって、心配なんだよ。な? いいだろ?」


 そう言い切ると、青年は二人を順に見比べてから後頭部を掻きつつ。


「へぇ……あの野郎の? 友達思いなのは立派……だが、ここには友人様の裏口があるんだぜ? 何でそこから入らねぇ」


「な、何かあっち! マスコミ対策なのか開かなくてさぁ」


「あぁ! だから仕方なぁく、窓から――」


 次の瞬間。


 二人の言葉を、青年の笑い声が掻き消した。


 そして被っていたフードを脱ぎ、白髪と血走った目を露にして二人を指差した。

 二人を大口を開けて、嘲り笑いながら。


「頭ん中回してよく言い訳したなぁ! てめぇら! だが残念、ここにはそんなどこでもドアはねぇんだよ……不法侵入者共っ!」


 さっきまで引きずっていた脚で床を蹴り、二人へと飛び掛る。


 容赦なく握られた拳が、二回連続で顔面のど真ん中に叩き込まれた。


 床を跳ね、倒れる二人に青年が吠える。


「ったくてめぇら、アイドルに会いたいなんざいい度胸してんねぁ! その根性、もっとべつのことに生かしてくれや!」


「相変わらず、化け物みたいに強いなぁ君は」


 背後で腕を組んで立つ女子に、青年はそれまで持ち上げていた口角を下げた。

 そしてまた片脚を引きずり、女子の方へと歩く。


「よぉ、久し振りじゃあねぇか黒髪女子……同類はどうした?」


「光輝くんはちょっとお休みさ。それより君がこんなとこにいるなんて思わなかったよ、清十郎せいじゅうろうくん」


 と、あやが言うと何故ここにいるのかなどは問わずに、清十郎は嘘つけ知っていただろという意味を込めて。


「ハッ! まぁこっちも、色々世話になっちまったんでなぁ……で? 何の用だ。わざわざご足労頂いて。お茶でも出してやろうか? まぁ無理だが」


「うん、ちょっとね。千尋ちひろくんだけじゃなく、出来れば歌姫さんとも会いたいんだ。東京探検のお誘いにさ」


「あ?」


 彩の言うことに、清十郎は首を傾げた。

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