少女の訪問

「っ!」


「おいおい、本当に大丈夫かい?」


 純警隊監視下の病院のベッドで、光輝こうきは右膝を押さえて唸っていた。二界道にかいどうに捕らえられるとき、撃たれたところだ。


 Iメール――グレイの件が終わった途端、思い出されたかのように痛みだしたのだ。

 だが普通に走れていたし、銃撃戦はやった後だしで、何故今になってと誰もが思った。

 担当医ですら、感心を通り越して呆れてすらいたくらいだ。


 唸る光輝に、看ているあやと撃った本人は困り果てた。


「まぁ、痛むのは当然だろうが……本当、そんな脚でよく警報がなって数秒で駆け上がってきたもんだ。防弾チョッキまで腹に入れて」


「っ……べつに、牢屋からあそこまで数秒で行ったってわけじゃないですよ……俺が出て数十分経ってから、警報がなっただけ……です」


「数十分経ってから?」


「そう細工してくれたのは、笹山ささやまさんと……西崎にしざきさん、です。お陰で防弾チョッキと血の入った袋……を、持っていけた」


「あぁ……って、悪い悪い! 今はそんなこと喋らせてる場合じゃなかったな!」


「ナースコールはしたよ。ホレ、もちっと頑張らないか」


 駆けつけてきた看護師に鎮痛剤を打ってもらい、光輝は何とか落ち着いた。汗だくの額に袖を押し当て、汗を拭う。


 痛がってる間に外れたボタンを、片手で何とかし直した。


「……ところで、ジャックさんは?」


「いや、まだだ」


「……そう……ですか」


 光輝の声のトーンが、明らかに落ちた。


 行方不明。


 慙愧ざんきに奪われたBメールを残し、ジャックは姿を消してしまっていた。二界道に聞くかぎり怪我が酷いらしく、安否が心配だった。


 例のごとく、どこかのパソコンからハッキングして連絡をくれるのを願うしかなかった。


「……二界道さん」


「ん?」


 吸おうとしたタバコをしまい、自分を呼んだ光輝へと歩み寄った。激痛の反動か、疲れきった光輝の声が、段々と小さくなっていく。


「ジャックさんを……お願いします。後、Dメールの白川結衣しらかわゆいさんとも……連絡が、取れません。お願いします……俺はしばらく、動け、そうに……」


 汗を吸ってビショビショの服の上に、二界道の手が乗せられた。


 口角を持ち上げた二界道の顔が、確かに頷く。


「……おまえは今回よくやった。人探しは専門外だが、任せとけ。今は休みな」


「……はい……彩、さん達を……おね……が……」


 意識を失うかのように、光輝は静かに眠りについた。


 スースーと寝息を立てる光輝に布団を被せ、彩はおもむろに背を伸ばした。


「さて、行こうか。警部さん」


 とある観光地


「はい、終わったよ」


 老人の耳元で、青峰正大あおみねまさひろは軽く張らせた声で話しかけた。包帯が巻かれ、痛みが減った脚を見て、老人はニコッと笑った。


「痛くない」


「痛くない? そりゃあよかった! また何かあったら呼んでくれよ、おじいちゃん」


「あいよ、また今度」


 老人の家を出て、青峰は周囲の視線を気にしながら家へと戻る。


 大晦日の放送の影響は大きく、自分を冷たく見る目が出来て、そのせいで二度と来るなどと言われてしまうこともあった。今の老人のような、昔からの付き合いが長い人でないと診せてもくれない。


 お陰で応急処置が出来ず、間に合わなかった人をこの一ヶ月で何人か見てしまった。悔やまれて仕方ない。


 家に帰った青峰は、呼吸器をつけて眠る息子――大樹ひろきの部屋へと一直線に向かった。


「大樹、今日はあのおじいちゃんのとこ行ったよ。元気だった」


 返事など返ってこない。

 

 そうはわかっていても、ついつい眠る息子に話しかけてしまう。鼓動を知らせる装置のピッピッという音を掻き消したくて、話題を頭の中で探し続けた。


 が、浮かばなかった。


 父親が周囲から離されてるなど、話せなかった。


 何だか情けなくて、泣けてくる。


 そんな雰囲気を壊すように、インターホンの呼び鈴が鳴り響いた。


 怪我人だったらいけないと、泣きそうになった顔をパンと叩いて、玄関の扉を開けた。だが立っていた少女を見ると、青峰は一瞬動きを止めた。


「あれ? 君って……」


「ハイ! 覚えてくれてましたカ? ティアです!」


「えっと……今日はどうしたの? 純警隊の方々なんて……引き連れて」


 ティアと共にいる西崎含む3人の純警隊が結びつかず、少々混乱する。


 そんな青峰に、ティアはグッと近寄った。


「キョーは、大事なお話あってきたデスヨ! アオミネさん!」


「大事な話?」


「ワタシタチといしょに、トーキョーに来てクダサイ!」


「……へ?」

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