GSO

 警視庁での事件が世間に明るみになったのは、事件から約三日後のことだった。


 警察組織に再び見られた闇は大きく、存続は危ぶまれたが、国から正式に決まった新たなトップにより、なんとか首の皮一枚で繋がった。


 そのことをネットのニュースで見たイギリスIT会社会長、グレイ・D・ウィッシュは、溜め息を漏らすと共に黒い革の椅子に体を埋めた。


 コメカミを指で押し、眉間にシワを寄せる。扉の前で立つ秘書を、細めた目で睨みつけた。


鯨京慙愧ほけいざんき……もう少し使える男だと思ったんだが、過大評価だった」


「どうなさるおつもりで?」


「ふん……やはり、Iメールを使うべきだったな。次はこちらの案を見て、採用していこう」


 デスクに設置された通信機が、高いコール音でグレイを呼んだ。通信機の指示に従い、自分を呼んだ電話へと繋げる。


「どうした」


『会長、それが……純警隊がお見えに』


「何? すぐに追い返したまえ」


『それが、会長に会いに来たと言うとこちらの停止も聞かず、会長室へ』


 グレイは息を呑んだ。そして秘書の後ろの扉から声が聞こえると、見開かれた目を扉へと向けた。


「あのさ、この扉蹴破ってくれない?」


「え、でも今回は話し合いだし……」


 物騒な会話が聞こえる。

 だがその会話をしているのが子供のように聞こえて、グレイは耳を疑った。


「ホラ、何かその方が殴りこみって感じでカッコイイじゃん」


「でも……」


「あら、相手は今回の騒動を起こした張本人よ、遠慮することなんてないわ」


「ワタシからもお願いしマス」


「う、うん……」


 会話を聞いた秘書が離れた直後、あまり乗る気ではないだろうその子の返答から数秒後に、扉は勢いよく吹き飛んだ。

 そしてそれをやった本人も部屋へと飛び込んできた。

 と同時に、近くにいた秘書に気付く。


「だ、大丈夫ですか?! すみません、気付かなくて!」


 腰が低く、気は正直弱そうな、扉を蹴破るなどしそうにない青年。その青年に続き、続々と部屋に入ってきた。


「うん、いい登場だ。マンガならこう、ドン! みたいな効果音が欲しいものだね」


「アヤ、今はそな場合じゃないヨ」


「フフ、いいじゃないの。これから殺し合いをするってわけじゃないんだから……にしてもカッコつかないわね、あなた」


「殺し合いするわけじゃないなら、関係ない人を巻き込むわけにいかないでしょう?!」


「あら、怒っちゃった? 怖いわ、あなたの彼氏」


「やめてくれないか、万理まり。まだ付き合ってないんだ」


「そ、そだヨ! だから――」


「あら、ならあなたの彼氏だって言うの? ティアちゃん」


「そ、そなこと言てないヨ!」


「おいおまえら、無駄話をしに来たんじゃねぇぞ」


 自分達だけで話し始めた子供達を、大人の一言が一喝してまとめる。

 だが実際黙ったのは、四人いて二人だけ。

 そのうちの一人は無礼も承知でグレイのデスクに片脚を抱いて座り、光を欠けた目で見下ろした。


「あなた? あの狂った男に、あやを殺すよう命じたのは」


「コラコラ、僕だけじゃないって万理。事実を変えないでくれ」


「……君達、メールの持ち主か」


「そうだよ、会長さん。達者な日本語でびっくりしたな、ハーフ?」


「いや、昔日本に十年年ほど住んでいたことがあってね」


 紺色の髪を揺らして、彼女はニッと口角を持ち上げた。デスクに座ったもう一人をどけて、グレイにグッと近寄る。


御門みかど彩だ。あなたが取ろうとした、Gメールの所持者。今日は純警隊の護衛つきで、話に来た」


「話……何の話かな」


「うん、まぁ……あなたにはとりあえず文句を言っておきたいんだけどね? そればっかり言って話が進まないのもいけない。だから単刀直入に本題を話そう。同盟を作ってくれ」


「同盟?」


「そ、神様捜索同盟……世界保健機関とか国内総生産みたいに、GSOと略そうか。それをあなたに作って欲しいんだよ。イギリスの大統領選に出れるほどの権力を持ってる、あなたに」


 グレイの顔が、おもむろに曇った。


 そして眉間にシワを寄せ、椅子にもたれかかって彩を仰ぎ見る。


「何故私が、大統領選に出馬したことを知っている。あれは二十年以上もまえの、私の黒歴史なのだが?」


「僕のメールは情報収集のメールなんでね。だからあれの尋問は僕のGメールと、送信者を従える万理のQメールでやったよ。お陰でどうでもいい慙愧の過去とかもわかったくらいさ。悪いけど、僕ら二人に、隠し事は無駄だよ」


「……なるほど、相手が悪かったということか」


「で? 同盟の件はどうしてくれるのかな? 会長さ――」


「何故私が、メールを集めさせようとしていたかがわかるか?」


 突然の問いに、彩は言葉を遮られた。

 その問いに答えられず沈黙が続くと、グレイはフッと鼻で笑った。


「参加者が、二六人もいるからだ」


「?」


「私は、全世界に四つの会社を持つ会社の会長だ。故に私には数万の部下がいるわけだが、実際に会うのは数十人程度。その数十人とだけ話し合い、意見を交わす。数万の意見すべてに耳を傾け、それを受け入れるのは不可能だからな」


 グレイのデスクのパソコンが、起動させられた。

 メール作成画面に映し出された自分のナンバー、Iを彩たちに見せる。


「わかるか。人がいればその数だけの思惑があるのだ。たとえ二人だけだろうと、どこかで納得いかない部分が生まれて衝突する。それが二六人もいては、まず協力などありえない。いつか必ず仲を違え、それぞれの思惑を満たすために動くだろう」


「それはわからないだろう?」


「会長ともなれば、嫌でもわかる。人とはそれぞれが思想を持つ生き物。ただ使われる人にだって感情はあり、思想がある。人と人が全てを承諾しながら共にいるなど、不可能なんだよ。故に同盟など作りはしない」


 彩の口から、大きな溜め息が漏れた。

 そして万理よりもティアよりも、二界道にかいどうよりも後ろにいた光輝こうきへと歩み寄り、その肩をポンと叩いた。


「だそうだ、光輝くん。何かいいこと言って納得させてくれ」


「えぇ! あ、彩さん! そういうのは自分で――」


 そんな二人の隣で一歩、また一歩と、グレイのまえに出た。

 意を決する覚悟で震える手を握り締めて、フッと小さく息を吐いた。


「だから、カイギあるじゃないデスか」


「……ティアさん」


 手はまだ振るえ続けた。

 慙愧という男を送った張本人をまえに、怖くてたまらなかった。

 だからこそ、勇気という勇気を、ティアは振り絞った。振り絞れたのは、光輝という存在がとても近くにあったからだろう。


「ワタシのパパもよく言うヨ、キョーも話がまとまらなかたテ。でも、いい案もあたて。違う意見あるて、ソーいうこと言うんじゃないデスか? みんなそれぞれの考えあって、それ言い合テ、それでいいアンを探してく……自分の考えだけジャ、出来なかたとき後で困るヨ」


 ティアの頭が、ゆっくりと下がる。

 頭頂部が見えるまで下げたティアの頭を見つめ、グレイは目を細めた。


「お願いシマス、カイチョーさん。みんなで神様捜すため、いしょに考える場所をワタシたちにください。それでいしょに考えさせてくだサイ。神様を見つけるタメの、イチバンのホーホー」


「……いいだろう」


 グレイの返事に、全員が驚いた。

 その顔を見たかったのか、グレイは満足げに口角を持ち上げて笑ってみせた。


「まさか、女子高生に言い返せなくなるとはな。私もボケたか」


「本当!? 本当に作ってくれるんだね?!」


 彩が駆け寄る。

 グレイはうんと頷き、二界道の方に視線を向けた。


「純警隊の方ですな?」


「あ、あぁ」


「先日決まった純警隊トップの方に会わせていただけるか。国にも持ちかけ、正式に話し合いたい」


「わ、わかった……おい」


 連れて来た部下数人を、ただちに本部へと走らせた。

 頬杖をついたグレイに、彩と万理の二人が問い詰める。


「嘘じゃないだろうね?」


「まぁ嘘だったら、後で惨殺しに来ますけど」


「嘘は言わない。常に新聞にはCheck(チェック)しておきなさい。いつか出るだろう。国家にも正式となると、随分かかるだろうがな」


 その後もしばらくの質問攻めの末、ようやくグレイは二人から開放された。

 だがネクタイを緩める間もなく、光輝がデスクを思い切り叩いた。


「……まだ何か、あるのかね?」


「一つだけお訊きします……鯨京慙愧への命令に、僕らの始末まで命じましたか?」


 光輝の表情に現れる、憤りの色。強く握り締められ、手が震える。

 その手を見つめ、グレイは口を開いた。


「全てのメールを回収し、ここに持ってこい……相手によっては、殺しても構わんと」


「そうですか」


 一発。


 グレイの顔に、全力で振られた拳が叩き込まれた。

 駆け寄った秘書を止め、自分を殴った光輝を見上げてグレイは息を漏らした。


「……その顔では、まだ済まないか」


「当たり前だ! あなたのその指示で、彩さんやティアさん、万理さんたちがどんな目に遭ったと思ってる! 二界道さんの家族が、どんな目に遭ったと思ってる! あなたのその指示は! ……一体何人、殺しかけたと思ってるんですか!」


 殴られた自分の頬を袖で拭ったグレイは、白いスーツについた血を見て目を見開いた。だがそれは自分の血ではなかった。光輝の手を見ると、強く握り締めすぎて爪が切った傷から、血が滴り落ちていた。

 息を荒らす光輝を見上げ、グレイは椅子をどかして床に座り込んだ。


「か、会長!」


「大変……申し訳ないことをした」


 秘書が止めるのも聞かず、グレイは頭を深く下げて土下座した。

 その姿を見下ろして、光輝の手から、力が抜けた。


「……行こう、光輝くん」


「……うん」


 カーペットに赤い雫を染み込ませ、光輝達はグレイの部屋から去って行った。

 光輝の気は治まらなかったが、しかしそれでも一発殴れたことで多少スッキリ――すればどんなに楽だろうと、まだ憤っている自分に腹が立った。

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