富豪会議

「神を探すゲームの開始から、およそ一年と二ヶ月が経った」


「……フン、今のところ……参加者は未だ神の手の上と言うところか」


「奴はどうした。自ら参加者になっておきながら、奴が賭けた一年以内に終わらせていないではないか」


「奴もケキョク、他の参加者と同じいうコトだな」


「だが問題は、そこではない。このゲームに、あいつの子が参加していることだ」


「そう……あの男の、あの男の子がいることが実際デッカイ問題。せっかく、せっかく裏ルートに手を回して、平凡な暮らしを与えてやったってのに。これじゃあ、これじゃあ意味がない」


 夕暮れの日差しが入り込み、赤く照らす全面窓ガラスの壁の部屋に、六人の男が集まっていた。それぞれの腕や指、首元で高価なアクセサリーや時計が光っている。


 全ての指に黄金の指輪をはめた老人は、胸元まで伸ばした顎ヒゲを猫を撫でるように指でなぞった。


「確かに、それは言える。あいつの血は野蛮すぎる。今の今まで、よく暴れなかったと褒めてやるべきかもしれん」


「だが、そのサイノーは異常なほどトッカしてる。消すのワ惜しいほどダ」


「その才能のお陰で、日本の警察組織が崩壊したのではないのかね?」


 左目に眼帯をはめた男が、銀の杖をついて立ち上がる。帽子を深く被って顔を隠し、葉巻を吸う男に意見した。


「あいつの子はやはり消すべきだ。鬼の血が鬼になる前に消した方が、世の為と言えよう」


「だが、それではヤツとの約束がチガウ。消す前に消されル」


「その通りだ」


 第一ボタンまで閉めたスーツの上に、コートをかけた男が、葉巻男を味方した。


「忘れたか。やつの実力を計ろうとして、今はなき軍事国の軍事部隊を当時の部下と二人で壊滅させたことを。神の手は、もはや我々の喉にまで伸びているのだ」


 鉄扇を広げ、着物を着た男が眉間にシワを寄せる。自分を扇ぎながら、フンと溜め息を漏らした。


 ヒゲの老人がそれに気付く。


「そういえば、あなたは娘を参加させているとのことだが? まさか娘に嘘のヒントを与えているのではあるまい?」


「……娘とは大分話してない。反抗期なんだ」


「フン、でなければ困る。我々の情報を、そう簡単に渡すわけにもいかぬのでな」


「そんなに大事なものを持っているとは、楽しみだ」


 眼帯男の目尻で、赤い血管がピクピクと痙攣する。その隣で五人の会話を聞いていた比較的若い男が、あらゆる言動を軽く流す着物男に口角を上げた。


「さすがは、さすがは帝王だなぁ? 帝王の風格って、帝王の風格って言うのがにじみ出てる。こりゃあ、こりゃあ俺達は負けるかもなぁ?」


「何だと! 若いのが語るではない!」


 眼帯男が怒鳴り散らす。だが一番若い黒肌金髪の男は、机の上に組んだ脚を置いてグラスの中のワインを一気に飲み干した。


 スーツ男はフンと溜め息を漏らし、着物男に歩み寄った。


「まぁ、この中で実際にゲームを動かせるとすれば、確かに奴とあなたくらいだ、御門みかど殿。皆の目が白いことは、当然と受け止めてもらう」


「当然だ」


「しかし、その娘もあいつの子と仲がよいとは……なんたる不運かな」


 ヒゲを擦りながら、ヒゲの老人は皮肉たっぷりに言ってやった。それでも御門――あやの父は動じる気配を見せない。


 葉巻男が噴いた煙が、天井に充満した。


「悪縁も縁、ソー簡単には切れン。それに才能も、実際受け継がれていくものダ」


「気が合うな、老人。私と同じ考えだ」


「それは光栄だナ、ミスターミカド。今度食事にでも行くカ。ジャパンのスシでも」


「えぇ、是非」


「私も一緒したいな。二人がどんな会話をなさるのか、興味がある」


 スーツ男がそう言うと、ヒゲの老人と眼帯の男は首を横に振った。


「私は日本の食べ物は苦手だよ。中国に帰って、たらふく食べる」


「私もあの酸っぱいのが苦手でね。日本は生物なまものを食ったりと、意味がわからんよ」


「おっさん達、おっさん達勝手に誘われて、勝手に、勝手に断ってやんの! アヒャヒャァッ!」


「黙れ小僧!」


 黒肌の男が怯むわけもなく、眼帯男の一喝後も笑い続けた。黒肌男の酒が進む。


「まぁ、まぁわかるよぉ。仲間はずれはヤダもんなぁ! 対等に! 対等に競い合って自分の、自分の実力が磨かれる相手! それが、それが最高なんだ! 神もきっと、きっとそれが欲しいんだよ」


「フン、対等に競うか。だが今、ゲームはさらに神の優勢だ! 参加者達の顔がわかった今、日本では警視庁及び数々の事件の発端である参加者達は目の仇同然。世間の目が気になって、動きにくいったらないだろう!」


「眼帯さんの、眼帯さんの言うとおりだっよねぇ。でも? でも? でもでもでもでも! そんなの関係ねぇっ!!」


 黒肌男の踵落としが、机を木っ端微塵に叩き割る。ワインのボトルに口をつけてラッパ飲みすると、黒肌男はゲラゲラ笑い出した。


「改めて言うが、これは神を見つければ生き残り、見つけられなければ死ぬゲーム! 単純過ぎて、単純過ぎて改めて言うのが逆に面倒なくらいだ! だが、だがそれが難しい! 神を見つける、神を見つけるそれだけが難しい! だからこそ、参加者達は全力で探す! わかるか? わかるか? 怖気ついた奴の負けだ!」


 黒肌の男の笑い声が、その場を沈黙させた。


「楽しもうじゃねぇか! 残り一年十ヶ月! 神と人間、どっちが勝つか! どうなるか! 怪物の血は怪物になるのか! 青年の葛藤とか色々ふまえて、おもしろおかしくみてやろうじゃあねぇか!」


 ワインのボトルが、砕けて散った。


「いいじゃないか、入れてくれても」


 同時刻。

 

 彩、光輝こうき、ティアの三人は純警隊仮本部となっている小さな建物の裏で二界道にかいどうに止められていた。


 何とか入ろうと彩が交渉するが、二界道は首を横に振るばかり。実に二〇分もかかっていた。


「何度も言うが、参加者を保護してるってだけでもギリギリなんだ。本部に参加者が入ったなんてなったら、それこそマスコミのエサになっちまう」


「でも――」


 彩の肩を、ゴツゴツの手がポンと叩く。口は何も言わず、首はまた横に振られた。


「今日は帰れ。何かわかったら、教えてやる。見つからねぇよぉ、顔隠してけよ」


 二界道はそういい残し、手を振って建物の中へと入っていった。


 結局中に入れず、彩の頬が膨らむ。


「チェ、仕方ないなぁ」


「仕方ないヨ、アヤ。ケージさんもジョーホー大事だもノ。伝えたいのト、伝えたくナイのがあるんだヨ」


「でもねぇ、ティア。僕らは同盟を組んだ仲なんだ。神様に関する隠し事はしない! これが同盟の条件だったはずなんだよ」


「そですケド……」


 いつの間にか2人、もう呼び捨てで呼び合ってるな……


 彩が帰ってきた後、2人はいきなり口喧嘩を始めた。


 と言っても、途中から彩は何も言えなくなったが。


――Since it is a friend, don‘t keep a secret《友達なんだから隠し事しないで》! 


 彼女の言葉にに彩がうんと頷いて、それから仲直りした。それで仲直りする以前より、仲良くなったようだ。


 まぁ、ティアが興奮のあまり日本語が出て来なくなって、英語だけで怒ったときは光輝も彩も驚いたが。彩に至っては、リスニングできなかったらしい。


「あぁあ! もう、ムシャクシャするなぁ!」


 無理矢理帰路に返された彩は、隠れろと言われたのにまるでその気はなく大声を出す。それを諌めるのが、親友になったティアの仕事だった。


「アヤ、キモチわかるケド、ビョーイン帰らないといけないヨ。午後から検査だヨ?」


「うわぁ、メンドーだなぁ」


「ダメだよ、ちゃんと受けないト。て、コーキくんがそな顔してるヨ」


「……え? え?!」


 急に話を振られ、思わず頭の回転が止まる。


 言葉を用意できていなかった光輝は、彩が詰め寄ってきてさらに焦った。


「何? 検査受けろって?」


「あ、あぁ……あぁ、うん」


「……そ! じゃあさっさと済まそうか。いい加減自分でご飯食べられるようにならないと、カッコ悪いしさ」


 そう言って、彩はそそくさと駅に向かって歩き始めた。まだ包帯が巻かれている腕をブンブン振り回しながら、元気溌剌と言った様子で行ってしまう。


 その後姿を見て、ティアがクスッと笑う。


「イコ? コーキくん」


 ウインクして、彩の側へと駆け寄る。


 ウインクの意味がわからなかった光輝は、戸惑いながら二人を追いかけようとした。


斉藤さいとう光輝……Eメール」


 そんな呟きが聞こえて、足を止めた。声のする方へ振り返る。


「御門彩、Gメール……浜崎はまさきティア・フレイ、Fメール……すごいな、EFGって揃ってるや」


 声のする方へ。黒のワゴン車の中を、開いた窓から覗き込んだ。

 

「お、気付いたな? 一人の人間の小言まで聞き取ってくれるなんて、嬉しいかぎりだ。で? 君はこれ以上強くなって、どうする気かな?」


「……あなたは?」


 赤い髪をグチャグチャに掻き毟り、蒼と碧のオッドアイでギョロリと光輝を見つめる男。グダグダに締めたネクタイを適当に引っ張って、フッと息を漏らした。


「Bメール、ジャック・キャビラス。純警隊の二界道に付き添ってる、ただのインテリでインドア派なハッカーさ」


 ハッカーって時点で、ただって言うのはまず違うと思う……。


 そんな光輝の内心でのツッコミなど知るはずもなく脚を組み、腕をうんと伸ばして大あくび。ジャックはパソコンの画面に視線を移すと、キーボードを叩いて再び光輝に向き直った。


「Qメールのことは知ってるよ。まったく、君は警視庁地下のことといい今回のことといい、一体何者になるつもりなのかな?」


「何者って、べつに何も――」


「何も? 神を見つけるゲームの中で、君は常人を越えてるよ。人を一撃で気絶させる足技に、回転する頭脳。Eメールの指示をこなせる万能さ、もう天才とかそういう部類さ」


「そんな――」


「謙遜するなよ。これでも貶しながら褒めてるんだぜ? 君は生まれながらの天才だって――」


「止めろ」


 静かで小さな抑制は、大きな殺気をまとっていた。殺気を感じさせ、生きる世界の人間を止めるのに充分過ぎるほど大きな力だった。


 ジャックはクスクス笑い出し、伸ばした手は光輝の肩をバシバシと叩きだした。


「OK! OK! 君も天才って言われたくない派の人間か! いいよ、もう言わない。俺もそう言われ続けて、飽き飽きしてた派! 仲良くしよう!」


「は、ハァ……」


「よし、じゃあ俺のアドレス教えてやるから、困ったら呼べ! 二界道に送ってもらうから!」


「え? じゃ、じゃあ俺のも……」


「あぁいい、いい。もう知ってる」


「あぁ、二界道さんから」


「いや? ハッキングして盗んだ」


 さすがハッカー?!


 盗んだことを堂々と、しかもウインクして言うジャックに光輝はまた戸惑った。正直、ジャックは光輝の苦手なタイプだった。常に冗談を言っているようで、本心が掴めない。


 アドレスをもらった光輝は、少なくとも私事で連絡することはないと、そう胸の内で思った。


「んじゃ、また会う日まで」


「は、はい」


 できればしばらく会いたくないな……。


 彩たちを追いかける光輝の背を見つめ、ジャックはフンと鼻を鳴らした。


 パソコンの画面に向き直って、パキポキと指を鳴らす。


「やりますか……絶対風穴開けて侵入してやる」


 約八〇年前、アイフォンを中心に広がった、コミュニケーションアプリが存在した。だがその四〇年後、そのアプリは閉鎖された。


 人と人とを繋げたそれは、誰とも知らず書き込めるという利点が欠点に変わり、アクセスが欲しい人間に道徳に背く行為をさせ、人間性を失わせた。


 地球上約七〇億の内、五〇億がやっていたというそのアプリも、今や過去の産物。今ややっている者はほとんどいない。というかできない。


 正式にやっているものはおらず、わずかにいるのは不正利用者のみ。人と人を繋げる線。


 アプリの名は、LINEライン



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