無事

 純警隊が駆けつけたのは、あやがいなくなった一時間後だった。


 現場リビングでティアから話を聞いた二界道にかいどうは、すぐに部下に捜索命令を出した。同じ千葉県内なら、見つかるのは時間の問題だろう。


 だが光輝こうきは一人、ストラディバリウスをボンヤリと見下ろし、その場で座り込んでしまった。


 流れる時間が、止まって感じる。


 悔しくて噛んだ唇から、血がにじみ出た。


「……!」


「どうするつもりだ、それ」


 高く振り上げたストラディバリウスが、力なく置かれた。


 扉の前で腕を組む二界道が、光輝のベッドにドッシリと座る。タバコに火を点けようとして、躊躇した。


「話は聞いた」


「……彩さん、探すなっていってました。だから俺は、何もしません……俺は、神を探します」


「まぁ、そのために俺達は御門みかど彩を探すがな」


「お任せします。彩さんは、戻りたがらない――」


「それでいいのか」


 二界道の言葉が、光輝を振り向かせるしかし光輝はすぐに力なく俯き、自暴自棄になったかのような強い声を出した。


「よくなかったら、探していいってわけじゃないでしょ?」


 ふと息を漏らした二界道は、胸ポケットから取り出したそれを光輝のまえにチラつかせた。


 光輝の目を見開かせたのは、彩のケータイだった。


 震える手で、そっと受け取る。


「今さっき、どこぞの業者から連絡があった。窓ガラスの注文を承ったが、サイズを聞いてねぇって」


「ガ……ラス」


「金はもう払われてた。御門彩の口座から」


「で、でもいつ――」


「わかってたんじゃないか?」


 光輝の中の時間が、完全に止まった。時間が動き続ける二界道は、そのまま推測を語り続ける。


「ケーブルが切られてた。もしそれを御門が見たなら、想像出来たんだ。視線をずっと感じてたなら、自分達を狙ってそいつが侵入してくるってことが」


「そんな……じゃあ、何でそのことを言わないで――」


「おまえ達を襲った薔薇園ばらぞのって奴と生徒達が来ていた制服は、以前に御門が通っていた高校のものとわかってる。だから思ったんじゃねぇか? 視線といい制服といい、自分が標的だと」


「でも――」


「もう一つ。神のゲームが始まってから、この辺りじゃ中高生の行方不明事件が多発しててな。そこには必ず、薔薇園あいつが関わっていた。証拠不十分で、逮捕仕切れなかったが」


――彩のお陰でまた、新たな下僕を手に入れる


――メールアドレスを交換しましょう?


――私はQ、Queenクイーンメールよ


 万理まりの発言から、繋がった一つの可能性。その可能性は、光輝の口から自然にこぼれた。


「薔薇園万理のQueenメールが、送信した相手を従えるメール?」


「俺は、そう考えてる。現に俺は、相手に送信することで力を発揮するメールを、一つ知ってる」


 二界道の脳裏によぎったのは、中川なかがわさやかのCメール。


 以前同盟に誘おうとしたとき、呪うぞと脅されたことがあった。そのときは隣にいた倉森くらもりカナに止められて助かったが。


「もしその考えが正しければ、あのとき御門がおまえを要らないと言わなければ、おまえも操り人形にされてたんじゃねぇか?」


――手下にしたって、使えないさ


 助けられたんだ。


 あの言葉の裏の優しさに、見事に助けられた。


 言葉の表面だけを聞いて落ち込んだ自分が、悲しく見えた。


 なら今は? 


 今、彩は何て言っている?


「演技派の人間じゃない、か……確かにそうでした。今になれば、本当に演技が下手でした」


 彩のケータイを見つめて、自然と笑みがこぼれた。


 涙もこぼれた。


 助けてくれないかと、軽く笑う彩の顔が浮かんだ。


 震える彩のケータイを握り締め、光輝は立ち上がった。


 タバコに火を点ける二界道に頭を下げて、部屋から出て行った。


「……追いかければ、おまえら参加者は外に出る。外に出れば、おまえらを敵だと思ってる連中に居場所がバレて、保護どころじゃあない。だから、あのときは追わせなかった」


 携帯灰皿にタバコを擦り付けて火を消すと、口の中に溜めていた煙を一気に噴き出した。


「準備してろ、送ってやる。どうせ行くんだろ? 何せおまえの今の立場は、仲間の思いやりの罵倒に気付いて立ち上がる、主人公のそれだからな」


 両方のポケットにEとGのメールを持つケータイを入れ、第一ボタンだけ外したシャツに、ネクタイを締める。


 紺の上着に袖を通した光輝は、フッと息を漏らして拳を握り締めた。


「コーキくん?」


 リビングで着替えた光輝のところに、ティアが駆けつける。


 そのとき見せた光輝のぎこちない笑顔に、一つの覚悟が現れているのを彼女は察した。


「……ティアさん、ちょっと待ってて。晩ご飯までには帰るよ」


「……行っちゃうですか? ダメだよ、危ないヨ」


「わかってるよ。でも、俺達を守ってくれた人が今、危ないってわかった。だから行かなきゃいけないんだ」


「コーキくん……あ、アヤのこと……好きデスか?」


 察していても心配だから、でも、気になってしまって聞いてしまった。そんな質問、意味がないというのに。


「……好きなのかな? よく、わからない。でも……」


「でも?」


「今は、無事が気になって仕方ない」


「……ソですか」

 

 ティアの手が、そっと光輝の手を握り締めた。そしてその手に、自分のケータイを握らせる。


「わかた、待ってるヨ。コーキくんのスキなの作て、待ってるヨ」


「ありがとう」


 二界道が下りてきたのを確認して、上着の胸ポケットに自分のケータイを入れ、空いたポケットにティアのケータイを入れた光輝は、一人出て行った。

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