白紙回答
学校でたびたび、いじめのアンケート調査が行われるが、一体どれだけの人が正直に答えているのだろう。
いじめを見たことがある、と書く人は多分いる。それで被害者が何とか助かるならと、自分では出来ないと決め付けた救出を他人に任せるためだ。
そんなことを思うのなら、その場で助けてほしい。
いじめをしたことがある、と書く人は少ない。罪から逃げる意味もあるのだろうが、おそらく彼らにとって、いじめは遊びの一つだという認識をしているからだ。
遊んでいますかと訊かれて、わざわざ遊んでますという人はいない。
いじめられている、と書く人はそれよりいない。書いたことがバレれば、いじめがますます酷くなることを恐れているから。
そして、いじめられていると書けば、いじめられているという現実を改めて認めてしまうからだ。
書けばもしかしたら楽になるかもしれないというのに。
いじめから、開放されるかもしれないのに。
だが人は、楽な道を選びたがる。生きるという、辛いことを捨てて。
「……
中学三年の、二学期の終業式が終わった後だった。
学校の下駄箱で同級生と談笑していた彩は、落ちてきた肉塊に話しかけた。
「東、ねぇ……」
頭から血を流していたのは同級生の男子だった。
小学校からの仲で、よく遊んだ。少し引っ込み思案だったけど、冗談が通じる人だった。
だった……
即死だった。
自殺だった。
いじめられ続けたこと、自分をいじめた生徒の名前、全て書かれた涙で濡れた遺書が、屋上で見つかった。
終業式のあと、彩は楽しみにしていたはずの冬休みを泣いて過ごした。
スキーも紅白歌合戦も新年のカウントダウンもお年玉も初詣も映画もお笑い番組も食事会も、全部楽しくなかった。
ただそれ以上に、彼を好きだった友達は、死にそうだった。
輪が作られたロープやサバイバルナイフや練炭やガソリンやライターや神経毒や麻薬が、異常な数で彼女の家から見つかった。ナイフなど刃物など、もう例を挙げるのも怖いくらいだった。
「辛いよ」
「辛くても、僕らは東の分まで生きなきゃ」
「早く会いたいの……」
泣きふさぐ彼女の手を、彩は握り締めた。
「生きよう! うんと生きて、おばあさんになって! それで東を説教してやろう! そんでもし、また魂が輪廻なんてオカルトじみたことになったら、そんときは一緒に生きよう! 今死んだら! 東の悲鳴を誰が伝えるんだ!」
「……
「生きよう!
いじめのアンケート調査が届いた。
彩と万理は、東のことを必死に訴えた。
だがそれが、ダメだった。
「おら立てよ、
「……グフゥッ! ハァ、ハァ……立たせないのは、君の方、だろ?」
東をいじめていた男子生徒が、彩に目をつけた。バレたのだ。
倒れる彩の腹部を、彼は汚れた上履きで蹴り続けた。髪を引っ張られ、壁に無理矢理寄りかからされると、顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
「ったく、邪魔してんじゃねぇぞブス! お陰で東の代わりが、見つからねぇじゃねぇかよ! オラ!」
死ぬと思った。故に彩は、目の前の光景に目を疑った。
死んだのは彼だった。
頭を狙撃され、即死だった。
その犯人は、すぐにわかった。
「あいつ、死んだのね……ザマァ」
「万理? まさか君……」
「え? なぁにぃ?」
万理の目は光を欠けていた。
それが怖くて、包帯だらけの顔で問い詰めた。
「えぇ、私が雇った。だから、何?」
万理の雇った、慈悲もないスナイパーの狙撃が彼を殺した。万理の家も、彩と同じ位のお金持ちだったし、すなスナイパーの存在には驚かなかったが、問いたいのはそこではない。
万理は、ケラケラと笑い続けた。
「いいじゃないの、彩。クズが消えたんだから……あんなのが死んだって、誰も泣きも喚きもしやしないわ。消しゴムのカスをいつまでも机に溜めておくタイプじゃないの、知ってるでしょ?」
「だからって……」
「殺さなくてもって? 私たちは正義の味方じゃないのよ?! ウルトラマンでも仮面ライダーでもヒーローでもない! 怪人に襲われ、哀れに逃げる
わずか一五歳で人生を語った万理が、狂っているのだとそこで知った。
狂った原因は、やはりいじめ。
万理は父の金を数人のクラスメートに渡さなければならず、用意できない日には集団レイプの地獄にいた。
無論そいつらは、彼女が雇ったスナイパーの弾丸の最初の餌食になった。
「彩、私たちは友達でしょ? だから二人で生きよう?! 敵がいれば、私が殺してあげるから! 彩の障害はぜぇんぶなぎ払ってあげる! 私は一生、あなたの味方だから!」
その次の日、最後のいじめ調査のアンケートが配られた。
「彩、大好き」
「あぁ、嬉しいね」
今自分の胸の中で、Wメールに負けぬ殺人鬼が笑っていることに、彩は失笑した。
周囲で充満している血の臭いが、鼻をピリピリさせる。
「ねぇ、彩? 私たち、友達よね?」
「……お互い、裏切らないかぎりね」
「もう……」
あのとき、何故あのアンケートを出したのかわからなかった。
中身はすべて、白紙だったというのに。
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