雨風
その日は朝から、雨風が強い日だった。
割るんじゃないかというくらいに風が窓を叩き、雨は容赦なく屋根を突く。
だがニュースを見ていても、ニュースよりも早く多くの情報がGメールに送られる。それにニュースは今、この大雨強風の注意か交通機関の状況か、神とその参加者のことばかり。
だがお陰で、
メールのナンバーまでは、わからないが。
「アヤさんの
「うぅん……Gメールは、僕の周囲の情報を集めるメールだからね。ニュースを見ているとはいえ、その人の近くにいないと情報は手に入らないんだよ。これ、おさらいね」
『リビングに下りろ』
そうEメールに言われて、光輝はストラディバリウスを置いて階段を下りていた。
だが聞こえるのは、彩とティアの会話する声のみ。自分が行く意味など何もないと思っていた。
「うわっ! ブレーカー切れた!」
家中が暗くなる。彩の言うとおり、ブレーカーが切れた。なるほどこのためかと、最初は思っていた。まるで疑っていなかった。
「大丈夫? ふたりと――」
突然割れた窓ガラス。その音を聞きつけ、光輝は急いで階段を駆け下りる。そして二人の前に出て、足業を構えた。
窓を割ったのがただの雨風ならばこんなことはしない。今回窓を割ったのは、どこかの学校の制服を着た集団だった。故に構える。
「何ですか、あなたたちは」
「……ロロ?」
「?」
「ロロロ? ロロロロロッ!」
制服はただのファッションか、言語も話せない学力ゼロの集団が襲い掛かってきた。
リビングにいろと言われた意味を、真の意味でようやく理解する。
体勢を低くして相手をかわし、腹の真ん中に膝蹴りを喰らわせる。蹴り飛ばした相手で、後方の数人を押し倒した。
「二人共、二階の部屋に! 鍵かけて!」
「で、でもコーキく――」
「早く!」
二人を行かせてポケットに両手を突っ込む。そしてその場でトントンと跳ぶと、集団目掛けての跳び膝蹴りを全速力で叩き込んだ。
まともに喰らった一人に押され、全員が家の外に出る。
「何なんだ、この人達……」
「何だとは、失礼ですね」
知らない声が聞こえて振り返ると、今追い出したのと同じ制服を着た女子がそこにいた。
背後に、彩とティアを捕まえた二人の男子を従えて。
「彩さん! ティアさん!」
「フフフ、仲がいいのね、あなたたち。それによく見るとあなた、結構イケメンじゃないの」
「……誰ですか、二人を放してください」
光輝の要望に対して、女は笑って返した。そしてティアを捕まえていた男子に、ティアを放させる。
グッタリして倒れるティアに、光輝はすかさず駆け寄った。
「こ、こう……き、くん……」
「……彩さんも、放してください」
「ヤだ」
ティアを放した男の蹴りが、ティアを庇った光輝の体を蹴り飛ばす。
フローリングに倒れた光輝は頭を打ち、立てなかった。その光輝の上に、女が乗っかる。
「彩は私の友達なの、だからダメ。やぁっと見つけ出したのに、放すわけないじゃないの。今日から彩は、私のお・も・ちゃ・な・の」
「……彩さんの、友達?」
「そうよ、私は
そう言って、万理がポケットから取り出したのは赤いアイフォン。画面をスライドさせて、ニヤリと口角を上げた。
「さて、メールアドレスを交換しましょう? 同じ、参加者同士ですものね」
「参加者?」
「あなたは何番? 私はQ、
万理の顔が光輝に近付く。お互いの唇が触れそうになったその瞬間、ティアが万理を押し倒した。
息を切らして、乱れた金髪の下で万理を睨む。
「ナニしよしてるデスか? コーキくんに、近付かナイで!」
「……ふぅん」
「ロロロ!」
ティアの頭を鷲掴みにした男が、ティアの顔を床に叩きつける。口から鼻から血を噴いて、ティアはその場で力尽きた。
「……!」
「何って、ただのキスよ? そんなことでいちいち騒ぐないでくれる? ……そっかぁ、あなた処女でしょ? そっかぁ、だからかぁ。ゴメンなさい、気付いて上げられなくて。それと、手下は一度火が点くと止まらないの。本当、ゴメンなさいねぇ?」
男の足がティアの顔を踏みつけようとしたその刹那。光輝の回し蹴りが男の顔面にヒットした。勢いがありすぎて、光輝の体が一回転する。
蹴られた男は後頭部をフローリングに打ち付けて、グチャグチャに変形した顔でうなりながら力尽きた。
「彩さんを放してください。これ以上っ――」
「待ってくれ、光輝くん」
捕まっている男の腕から、苦しそうに息を切らしながら彩が光輝を止めた。
万理の口角が歪んで持ち上がり、目は見開く。
「誰が、助けてくれなんて言った? 勝手に決めないでくれよ、全く。いつから君は僕のナイトになったって……言うんだ。そんな覚えはないよ」
「あ、アヤ! 何を言って――」
「君とは話してない!」
荒く叫んだ彩の声が、家中に響く。
そのあとの静けさが、雨風の音を大きく聞かせた。
男の腕から抜けて、彩が咳払いする。
「ったく、仲良くしてやったら付け上がっちゃってぇ、カワイイ。僕は君達を利用するため、友達ごっこしてたってのにさ」
次々と、信じられない言葉が彩から放たれる。
そしてゆっくり光輝に近付いた彩は、自分より大きな肩をポンと叩いた。
「ホント、今までご苦労さん。結構楽しかったけど、万理が参加者なら話はベツだ。そっちの方が、安全かつもっと楽しい。悪いけど、今日でバイバイだね」
「……本気で言ってるの?」
「おいおい、僕がこんな状態で冗談を言える人間だと思ってるのかい? 悪いけど、僕は演技派の人間じゃあないんだ。本性を明かせて、ようやくスッキリしたよ」
「本気なの」
「おぉ、怖っ」
光輝から、ティアから彩が離れてく。自分を捕まえた男の股間を、力が強すぎると蹴り倒し、振り返ることなく手を振った。
「行こうよ、万理。言っとくけど彼、自分一人じゃ何もしようとしないチキンだから。手下にしたって、使えないさ」
「……そう、そうなの。そう! ならいいわ。じゃあお二人共、ごきげんよう……で、よろしいかしら?」
出て行くその一瞬、彩は口角を上げた顔で振り向いた。
「じゃあね。後は君達二人で神を探して、このゲームをバトルマンガにでも恋愛小説にでもR一八ゲームにでも連続TVサスペンスにでも、何でもしてくれ。僕は付き合わないけどね」
その日は、朝から雨風が強い日だった。割れたガラスから風が吹き抜け、雨は容赦なく入ってくる。
二人の間を、雨風が冷たく濡らしていく。まるで唐突に抜けた一人の穴を、埋めるかのように。
その感覚を感じることもなく、光輝とティアは今さっきの出来事が信じられず立ち尽くしていた。
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