雨風

 その日は朝から、雨風が強い日だった。


 割るんじゃないかというくらいに風が窓を叩き、雨は容赦なく屋根を突く。


 光輝こうきは昨夜見つけたストラディバリウスを弾いて、ティアとあやは一階のリビングでTVを見ていた。


 だがニュースを見ていても、ニュースよりも早く多くの情報がGメールに送られる。それにニュースは今、この大雨強風の注意か交通機関の状況か、神とその参加者のことばかり。


 だがお陰で、詩音しおんを含む芸能人の中に二人、さらには各分野にて外国で名を上げる人が参加者であることはわかった。


 メールのナンバーまでは、わからないが。


「アヤさんのMailメール、有名人サンのバンゴーはわからないですか?」


「うぅん……Gメールは、僕の周囲の情報を集めるメールだからね。ニュースを見ているとはいえ、その人の近くにいないと情報は手に入らないんだよ。これ、おさらいね」


『リビングに下りろ』


 そうEメールに言われて、光輝はストラディバリウスを置いて階段を下りていた。


 だが聞こえるのは、彩とティアの会話する声のみ。自分が行く意味など何もないと思っていた。


「うわっ! ブレーカー切れた!」


 家中が暗くなる。彩の言うとおり、ブレーカーが切れた。なるほどこのためかと、最初は思っていた。まるで疑っていなかった。


「大丈夫? ふたりと――」


 突然割れた窓ガラス。その音を聞きつけ、光輝は急いで階段を駆け下りる。そして二人の前に出て、足業を構えた。

 

 窓を割ったのがただの雨風ならばこんなことはしない。今回窓を割ったのは、どこかの学校の制服を着た集団だった。故に構える。


「何ですか、あなたたちは」


「……ロロ?」


「?」


「ロロロ? ロロロロロッ!」


 制服はただのファッションか、言語も話せない学力ゼロの集団が襲い掛かってきた。


 リビングにいろと言われた意味を、真の意味でようやく理解する。


 体勢を低くして相手をかわし、腹の真ん中に膝蹴りを喰らわせる。蹴り飛ばした相手で、後方の数人を押し倒した。


「二人共、二階の部屋に! 鍵かけて!」


「で、でもコーキく――」


「早く!」


 二人を行かせてポケットに両手を突っ込む。そしてその場でトントンと跳ぶと、集団目掛けての跳び膝蹴りを全速力で叩き込んだ。


 まともに喰らった一人に押され、全員が家の外に出る。


「何なんだ、この人達……」


「何だとは、失礼ですね」


 知らない声が聞こえて振り返ると、今追い出したのと同じ制服を着た女子がそこにいた。


 背後に、彩とティアを捕まえた二人の男子を従えて。


「彩さん! ティアさん!」


「フフフ、仲がいいのね、あなたたち。それによく見るとあなた、結構イケメンじゃないの」


「……誰ですか、二人を放してください」


 光輝の要望に対して、女は笑って返した。そしてティアを捕まえていた男子に、ティアを放させる。


 グッタリして倒れるティアに、光輝はすかさず駆け寄った。


「こ、こう……き、くん……」


「……彩さんも、放してください」


「ヤだ」


 ティアを放した男の蹴りが、ティアを庇った光輝の体を蹴り飛ばす。


フローリングに倒れた光輝は頭を打ち、立てなかった。その光輝の上に、女が乗っかる。


「彩は私の友達なの、だからダメ。やぁっと見つけ出したのに、放すわけないじゃないの。今日から彩は、私のお・も・ちゃ・な・の」


「……彩さんの、友達?」


「そうよ、私は薔薇園万理ばらぞのまり。彩のお陰で人生を知って、友達のかけがえなさを知って、女を知った。そして今、彩のお陰でまた、新たな下僕を手に入れる」


 そう言って、万理がポケットから取り出したのは赤いアイフォン。画面をスライドさせて、ニヤリと口角を上げた。


「さて、メールアドレスを交換しましょう? 同じ、参加者同士ですものね」


「参加者?」


「あなたは何番? 私はQ、Queenクイーンメールよ……仲良くしましょ?」


 万理の顔が光輝に近付く。お互いの唇が触れそうになったその瞬間、ティアが万理を押し倒した。


 息を切らして、乱れた金髪の下で万理を睨む。


「ナニしよしてるデスか? コーキくんに、近付かナイで!」


「……ふぅん」


「ロロロ!」


 ティアの頭を鷲掴みにした男が、ティアの顔を床に叩きつける。口から鼻から血を噴いて、ティアはその場で力尽きた。


「……!」


「何って、ただのキスよ? そんなことでいちいち騒ぐないでくれる? ……そっかぁ、あなた処女でしょ? そっかぁ、だからかぁ。ゴメンなさい、気付いて上げられなくて。それと、手下は一度火が点くと止まらないの。本当、ゴメンなさいねぇ?」


 男の足がティアの顔を踏みつけようとしたその刹那。光輝の回し蹴りが男の顔面にヒットした。勢いがありすぎて、光輝の体が一回転する。


 蹴られた男は後頭部をフローリングに打ち付けて、グチャグチャに変形した顔でうなりながら力尽きた。


「彩さんを放してください。これ以上っ――」


「待ってくれ、光輝くん」


 捕まっている男の腕から、苦しそうに息を切らしながら彩が光輝を止めた。


 万理の口角が歪んで持ち上がり、目は見開く。


「誰が、助けてくれなんて言った? 勝手に決めないでくれよ、全く。いつから君は僕のナイトになったって……言うんだ。そんな覚えはないよ」


「あ、アヤ! 何を言って――」


「君とは話してない!」


 荒く叫んだ彩の声が、家中に響く。


 そのあとの静けさが、雨風の音を大きく聞かせた。


 男の腕から抜けて、彩が咳払いする。


「ったく、仲良くしてやったら付け上がっちゃってぇ、カワイイ。僕は君達を利用するため、友達ごっこしてたってのにさ」


 次々と、信じられない言葉が彩から放たれる。


 そしてゆっくり光輝に近付いた彩は、自分より大きな肩をポンと叩いた。


「ホント、今までご苦労さん。結構楽しかったけど、万理が参加者なら話はベツだ。そっちの方が、安全かつもっと楽しい。悪いけど、今日でバイバイだね」


「……本気で言ってるの?」


「おいおい、僕がこんな状態で冗談を言える人間だと思ってるのかい? 悪いけど、僕は演技派の人間じゃあないんだ。本性を明かせて、ようやくスッキリしたよ」


「本気なの」


「おぉ、怖っ」


 光輝から、ティアから彩が離れてく。自分を捕まえた男の股間を、力が強すぎると蹴り倒し、振り返ることなく手を振った。


「行こうよ、万理。言っとくけど彼、自分一人じゃ何もしようとしないチキンだから。手下にしたって、使えないさ」


「……そう、そうなの。そう! ならいいわ。じゃあお二人共、ごきげんよう……で、よろしいかしら?」


 出て行くその一瞬、彩は口角を上げた顔で振り向いた。


「じゃあね。後は君達二人で神を探して、このゲームをバトルマンガにでも恋愛小説にでもR一八ゲームにでも連続TVサスペンスにでも、何でもしてくれ。僕は付き合わないけどね」


 その日は、朝から雨風が強い日だった。割れたガラスから風が吹き抜け、雨は容赦なく入ってくる。

 

 二人の間を、雨風が冷たく濡らしていく。まるで唐突に抜けた一人の穴を、埋めるかのように。


 その感覚を感じることもなく、光輝とティアは今さっきの出来事が信じられず立ち尽くしていた。

 



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