現実と空想

 世界は新年を祝う事などなく、神のした言動に騒いでいる。そして神が日本にいることで、新年早々急遽行われたサミットで、日本が目の敵にされるのは三日後の話。


 そして人々の神への怒りは、やがて顔がわかった参加者達へと向けられる。


 病院にいられる雰囲気ではなく、光輝こうきは両脚両腕が動くと、すぐに退院して病院を出た。だが病院を出てすぐ、待っているのはマスコミ勢。光輝を一瞬で取り囲み、子供相手に容赦ない質問の雨を浴びせる。


「君、斉藤さいとう光輝くんですよね?!」


「神捜索ゲームに参加してるそうですが!」


「何故参加しているのですか?!」


「神と名乗る人について、何か一言!」


 向けられるマイクの群れと、絶え間なく自分を包むフラッシュに目を瞑り、ゆっくりと歩みを進め始める。だがマスコミは黙秘を許さず、光輝を逃がすまいとマイクを向け続ける。その勢いに押され、フラついた光輝はその場に尻餅をついてしまった。


「光輝くん!」


「斉藤光輝くん!」


「斉藤くん――」


 人に囲まれ、自分の名前が呼ばれ続ける。全てが違うトーンで、違う声の大きさで、全て、怖かった。必死に耳を塞いで、遠ざける。


 自分の名前が、刃物や拳銃よりも怖い凶器に感じる。


「光輝くん!」


「光輝くん!」


 黙れ


 黙ってくれ


 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ――


 黙れぇ!


「光輝くん!」


 一人の声を聞いた。塞いでいた耳から手を離し、声が聞こえる方向に進んでいく。そして包帯に巻かれた腕を伸ばすと、その手をしっかり握る手があった。マスコミを掻き分けて、その人――あやの方に走る。


「彩さん!」


「君、随分と有名人になったじゃあないか!」


 同じ参加者の彩も囲み、マスコミたちがマイクを向けようとする。だが彩はその前にマイクを三本も鷲掴みにして一台のカメラを指差し、光輝に自分の肩を抱かせ、周囲のマスコミを指差した。


「神様捜索ゲームの参加者二人で一言だけ、この一言だけ言わせてもらう! これ以上はなぁんにも言わないから、ちゃんと録音してくれよ?! 後で待ってって言われても待たないからね!」


 そう言うと、光輝にヒソヒソと耳打ちして一緒に言うよう頼む。了解した光輝は、思わず笑いそうになった。


「じゃあ、いくよ! せぇのぉっ!」


 息を思い切り吸って、二人で腹から声を出した。


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」


 その場の二人意外が固まる。マイクとカメラが向けられた青年二人のただの絶叫は、逃げる隙を与えてくれた。マイクをその場に落として、光輝に腕を引かれながら彩が走る。


 自分で提案しておきながらツボにはまったのか、彩は思い切り笑いながら走った。


 追いかけようとするマスコミだが、二人には追いつけずにすぐ見失ってしまった。


「ハァ……ア、面白かった!」


「本当、よくそういうことが思いつくよね」


 二人は人気のない道路で息を切らし、公園を見つけて休憩していた。水道の水を飲んで口元を拭いた彩が、さてと話題を切り出す。


「世間は完全に僕らをネタ扱いだ。日本首相は世界中からめった打ち。もう、空爆だろうと水爆だろうと、何されてもおかしくないね」


「ゲーム終わらせられなかった、ペナルティか……学校を破壊することみたいに言ってるけど、実際は俺達の顔を世間にバラすことか。これで、ものすごく動き辛くなった」


「そういやもう少しで受験だったなぁ……スッカリ勉強なんてしてなかった……ねぇ、光輝くんはどこを受ける予定だったの?」


「早稲田」


「軽く東京六大目指してたの?!」


聖陽せいよう兄さんが通ってるから、気が楽だったんだ」


「フゥン……じゃあ僕も早稲田にしよっかなぁ」


「って、まだだったの?!」


「うん、まだだった」


 何だかおかしくて、つい笑ってしまった。思えば新年を迎えてから、こんなに笑ったことはなかった。ゲームの中で、久し振りに笑った。


 だが、楽しい時間は刹那に終わった。


「斉藤、御門みかど……」


 そこにいたのは、同級生達だった。だがその目は、仲間や友達を見る優しいめではない。敵を、憎い相手を見つめる冷たい目。四〇を超える青年達が、二人を睨んでいた。


「おまえら、何やってんだよ……何やってんだよ!」


 一人が声を荒げる。その声はもう、怒りで満ち足りていた。


「てめぇらがチンタラやってるから、俺達まで……関係のない俺達まで巻き込まれて! てめぇらのせいだ!」


「そうだ! てめぇらのせいだ!」


 罵声に続く罵声。大きな集団は小さな集団を、その圧力で飲み込もうと全力でかかっていた。堪えるしかない状況に、二人は何も言えなかった。それでも、罵声は休まずに続けられる。


「おまえらみたいなノロマがやってたんじゃ、勝利でなんて終わらねぇ。斉藤! 御門! てめぇら、参加資格にメールをもらってるんだろ? だったらそれを、俺らに渡せ!」


「え――」


「っ! てめぇらみてぇなグズの代わりに、俺らがやってやるって言ってんだよ! さっさと渡せ! このウジ虫っ!」


 一瞬だった。光輝は前に出ていた生徒の胸座を、掴み上げた。光が欠けた獣の目が、生徒を見上げる。


「てめっ……斉藤っ」


「出来るの」


 学校では、何も話さない。何を言われても何の反論も無く、いてもいなくても同じ、どうでもいい存在だった。本人だって、そう思ってる。その光輝がキレた。彼らは等しく、初めてに等しいくらい稀に見る彼の怒気に、思わず怯んだ。


「人が目の前で死ぬ。ときに、自分が人を殺す。弱い人は、すぐに殺される。少なくとも俺より弱い奴なんて、すぐに死ぬ。今こうして胸座を掴まれた瞬間、君はノドを斬られれば殺される。銃で撃たれれば殺される」


「な、何を言ってんだ? そんな――」


「なら、代わってあげようか? そして現実を見てくるといいよ。君が俺より弱かったそのとき、君は何も出来ずに殺されるんだ。自分の命だけじゃなく、世界の命をその肩に乗せて、何も出来ずに死んで逝くんだ。君が俺より強くても、神様より強くなければ、全人類に憎まれたまま死んで逝くんだ」


 自分が見た現実と、何も見ていない人が現実だと語る空想は、かけ離れている。その距離は離れすぎていて、空想を語る人間は誰一人ついていけるものではなかった。


 光輝の目が、後ろにいる生徒達をも睨みつける。光も輝きも失った光輝の目は、絶望で染まっていた。


「さぁ、取るなら取ってよ。ウジ虫なんでしょ? ウジ虫に出来ないから代わってやるってんなら、代わってみせてよ……ウジ虫共!」


 全員が動けなくなったその一瞬で、一台のバイクが滑り込む。光輝と胸座を掴まれている生徒の前で止まったそのバイクに乗る人物は、おもむろにヘルメットを脱いだ。


「随分と荒れていますね、斉藤光輝さん。ですが、それも当たり前……実際に行動してる者に、あぁだこぉだと言ってはいけませんよ」


 やる気のなさそうな声と、高身長の体。ヘルメットから出た白髪は、その場にいた全員に見覚えがあった。


「さて、どうしましょうかね」


 Aメール、明海研二あかみけんじのダルそうな目が、生徒達を睨んだ。






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