三人寄れば文殊の知恵

 明海あかみの右手が、男子生徒の胸倉を掴む光輝こうきの手を外す。だが手袋をはめたその手は、人のそれとは思えないほど固かった。まるで、鉄の棒でも入れているような感覚。その理由は、早々に本人から語られた。


「……斎藤さいとうさん、御門みかどさん。相変わらず言う事も聞かず、この危険なゲームに参加してるようですね。困った生徒達です。私は右半身を義手義足にするしかなかったというのに」


 そう、本物の腕ではない。その言葉に衝撃を受け、また次の瞬間には見て衝撃を受けた。


 手袋を外した明海の腕は、鋼と鉄が腕の形に丸まって動いている機械の腕。脈の代わりにモーター音が響き、内部を動く電気と熱が、体温の代わりに腕に温もりを与えていた。


 さて、と言葉を置いて、明海は生徒達の顔を見渡す。


 光輝やあやと同じ参加者の明海に、ウジ虫などと言う者は誰一人いなかった。片腕と片足が偽物でも、過去の経歴は変わることはない。不良グループ元総長という肩書きに怯え、また担任教師という立場もあって、言えなかった。


 だが明海は溜め息を軽く漏らすと、バイクの座席をパンパンと叩いた。教壇に立っているときに、生徒の注目を集めるために出席簿を叩く姿と重なる。


「はい皆さん、解散。御覧の通り、関係のない人がわざわざ関係するなんてバカなこと、しない方が身のためです。それでも参加したいというなら、止めませんが」


 光輝の言葉には反論出来た。だが担任である明海の言葉までは否定出来なかった。その場にいた全員の発言がないと見限り、明海はまた座席を叩く。


「さっさと解散なさい。それとも、神を見つけられなかったウジ虫の言葉は、聞けませんか?」


 言葉を詰まらせる生徒達。座席を叩く音が、もう一度だけ大きく響いた。


「どうなんだ」


 何も言わず、静かにその場を去っていく。全員がいなくなるのを見届けて、明海はバイクにまたがった。バイクのエンジンを再びかけて、光輝達に微笑みかける。光輝の力んだ手から、力が抜けた。


「先生……」


「長かったですよ、私が寝ていた時間は。どういうわけか死に損ねた私は、どこか知らない場所で寝かされてましてね。気付けばすでに、四肢の右側が変わっていました」


「今の状況は……」


「把握しています。私を襲った警察と言う組織そのものが無くなるとは。予期せぬ展開と言えましょう。しかも、最悪の展開といえます。世間は神と、参加者達に不満を抱く人ばかり……発足したばかりの純警隊で、押さえ切れるかと聞かれれば、答えはNOでしょう」


「でも、俺達は神を見つけなきゃいけません」


「そうですね。私はどうやらアイフォンを無くしてしまったようですが……今からショップに行っても、売ってくれる確率は低い。自力で探します」


「じゃあ先生、僕達の電話番号教えておきますから。もしケータイが手に入ったら、連絡をお願いします」


 自分と光輝のケータイの番号を書いたメモ用紙を、彩は明海のポケットに突っ込んだ。ポケットを義手で擦って、明海が鼻で笑う。


「二人共、純警隊の二界道にかいどうさんはご存じですね? さきほど公衆電話で、彼に貴方達の保護を頼んでおきました。場所は私達の高校跡地前にしてますから、準備でき次第すぐに向かって下さい」


「先生はどうするんですか?」


「とりあえず、私なりにメール参加者から探してみます。二人は……もう、危険な目に遭って欲しくはありませんが……」


 明海の腕が、二人の体を抱き締める。まるで子供を抱く父親のように、強くも優しい力で、二人をしっかりと抱きしめた。


「いいですか。先生がいない間、危険なことは必ず二人で乗り越えなさい。大人がいたら、出来ない事は大人に任せなさい。そして、もしも耐えきれないような辛いことがあっても、忘れないでください。今年担任になったとき、私が言った事を」


「……はい」


 光輝が頷くと、明海は義手でアクセルを回し、バイクで颯爽とその場から去って行った。彩は光輝の脇腹を肘でつつき、耳打ちする。


「ねぇ、転校生は先生の言葉、知らないんだけど」


「……三年のクラス、実は一人も明海先生とまともに話したことなかったんだ。で、クラス発表で担任が発表された日に教室で……」


『皆さんは、もう一八歳になる三年生です。これからの進路も行動も、自分で決めなければなりません。ですが、一人で悩めとも言いません。相談ならいつでも乗ります。先生はいつでも、生徒あなた達の味方ですから』


 頭の中で、明海が教卓のまえでそう言った勝手な回想を流し、彩はクスッと笑った。言葉が意外だったらしく、少し長い。やっと笑いが治まると、またニッと笑った。


「さて、じゃあ行こうか」


「二界道さんのとこ、行く前に荷物まとめていこうよ。Eメールを見ると、しばらく帰れそうにないみたいだし」


「そだね。じゃあまずは僕の家から。ってなわけで、一緒に来てくれ」


「わかった」


 その頃、二界道は部下の西崎にしざきから受けた報告に眉をしかめていた。


「親の話では荒らされた形跡もなく、抵抗出来ぬまま連れ去られたのかと」


「……すぐに純警隊の一個部隊を使って探しだせ。必ず、見つけ出すんだ」


 西崎とわかれ、車に乗り込む。タバコをくわえ、頭を抱えた。


「どこへ行った、Dメール」




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