勝つしか道なし

 コンサートの開始を彩るのは、七〇人を超えるミュージシャンの演奏と、その間巨大モニターに映される詩音しおんのPV。


 映し出される映像でファンが興奮するなか、光輝こうきあやはミュージシャンの方に視線を向けていた。


「……ごめん。俺がもっと、もっと早く気付いてれば――」


「それ以上は禁句だよ、光輝くん」


 自分の膝の上で握り拳を作る光輝の背を、ポンと叩く。彩はその手で、周囲の興奮しているファン達を見るように促した。


「ここに何人いるかなんて知らないけど、君が今気付いてくれたお陰で、この千人越えから、あの舞台に立ってる七〇ちょっとに視線を絞れるんだ。僕なんて、全く気付かなかったんだし。気付いてくれただけありがたい話さ」


「でも――」


「もう、いいって言ってるだろ? いつまでもどんより気分の君の隣なんて、僕はイヤだからね。今はステージに集中! 千尋ちひろくんだって、ずぅっと見てんだ。君もサボんないで見る、OK?!」


 自分の隣でステージをジッと見ながら、足をブンブン振って曲にノるかわいらしい千尋。その姿に、自己嫌悪を振り払わされた。


「……うん、OK」


「よぉし! ついでにファンと一緒に盛り上がっちゃおうぜ!」


 光輝の背中を叩いたその腕を回し、光輝の肩を掴む。そしてファンが始めた掛け声に合わせて、腕を高く突き上げだした。


「ありがとう……」


「ん? また何か言った?」


「いや、何でもないよ。神様、見張ってないとね」


「ま、とりあえず……盛り上がりながら見張ろう! よし、高く腕を突き上げてイエーイ!」


「い、イエェイ」


 湧き上がる会場。そのステージに、衣装に身を包んだ少女が飛び込んだ。


♪ 一人の人生上 奇跡の物語 君とあなた 会いました ~~


 詩音の登場と同時に一曲目が始まり、観客のボルテージが最高潮に盛り上がる。


 このまま持つのかと思わされるほど、すごい熱気だ。未だ盛り上がり切れない光輝のような人間は、少し引いてしまう。


 だが引きながらも、目は離せない。怪しい動きをしていないか、瞳を動かしてミュージシャン全員に目を向ける。


 だが一瞬、ステージより下に視線が向いたとき、光輝は思わず二度見した。


 よ、米井よねいくん?!


 フードを深く被って顔を隠し、モニターが設置されているステージ壁面の脇に立っている人。間違いなく清十郎せいじゅうろうだった。


 始まっても帰って来ず、メールしても返事がないので心配していたが、まさかこんな風に無事を確認するとは思ってもみなかった。メールや電話をしたいところだが、この熱狂の中気付くかわからない。


 どうしようか考えていると、結衣ゆいが戻ってきた。声が届くように光輝の耳元に口を近づけて、声を張らせる。


「神様の部下ぁ、どこにも見つかりませんでしたぁ!」


霧黒むくろさんはぁ?」


「自分の席にぃ、戻って頂きましたぁ。ステージ上にいるって、彩さんからのメール、伝えておいたのでぇ!」


「わかったぁ!」


「米井先輩はぁ、どこへぇ?」


 ステージ脇にいる清十郎を光輝が指差す。


 清十郎を見つけた結衣は驚き、何故か悔しそうな顔をした。どうやら詩音の近くにいる清十郎が、羨ましいらしい。


 だがその不満も、詩音が自分の方を指差した瞬間に吹っ飛び、詩音に手を振り替えして掛け声を始めた。


 いつもは全然見ない興奮状態の結衣に、光輝はまたちょっと引いてしまう。だが頬を赤くし、満面の笑みで手を振る結衣を、つい凝視してしまった。


 すぐに顔を背けようとするが、その方向には彩がいる。


 どうしたらいいか分からなくて、ヤケクソになった光輝はステージ上の詩音に向けて掛け声を送った。


 だがその冷静さを欠いたときが、一番の弱点である。


 四人は気付けなかった。ステージに集中するあまり、隣の通路を歩く男、ポセイドンの存在を。


「やっぱりダメだなぁ、おまえら。神の策略にハマりすぎてんだよ。神からのメールにも気付かず、使いこなせてない。何のために一年待たされたんだか、わからねぇじゃねぇか」


 熱狂し続ける声援で聞こえぬ台詞を四人に吐き捨て、ポセイドンは観客席から通路へと出て行った。


 ケータイを取り出し、メールしようとしたそのとき。一発の銃声が鳴り響く。銃弾に画面を貫かれ、折れて落ちたケータイを踏みつけて、ポセイドンの声が響いた。


「……てめぇ、何のつもりだ。俺を撃って、神の場所でも吐かせるつもりか? なら、撃つ場所が違ぇなぁ! Nメールぅっ!」


  撃った銃口から吹く煙を吹き消して、霧黒は再び銃口を向けた。


「違うのですか? あなたの神に指示された場所に撃ち込んだつもりなのですが。まぁ、次は外しませんよ。海神を貫くのに、何発必要なのかはわかりませんがね」


「ハッ! 生物を撃つのに何の躊躇いもなしか! このゲームを企てたこっち側も、参加者側も、ずいぶん戦える奴ばっかじゃねぇかよ! まぁ……俺はその方がやりやすいけどなぁ!」


 再び鳴り響く銃声。それを聞いた外にいる人達の大半は、演出による音だと思ってしまう。銃声だと確信している人間は、限りなく少なかった。


「銃声……ずいぶん早く接触したじゃねぇか、Nメールは」


「元警部が関係者専用入り口通って、拳銃渡したからだろ? 彼がもし撃ち殺したりしたら、どうするってんだよ」


「まぁ、そんときはそんときだ」


「責任はないって? フザケちゃいけない」


 数人の純警隊が囲む車の中で、二界道にかいどうとジャックが話し合う。二界道のタバコの煙が充満しないよう自分の側の窓を開け、ジャックはパソコンのキーボードを叩き続けていた。


「大体元警部、今回のゲームは随分大仕事だぜ?」


「おまえにしか出来ねぇんだ。頼むよ、マジで」


「ったく、しかし神様ってのが人類滅亡言ってたけどこりゃあ本気だな。この会場、爆弾だらけだぜ」


 そして、銃声が聞こえた会場の方を見つめるアテナが、浜辺に立っていた。


 暇そうに砂を蹴り上げて、ブーツに砂をかける。そして海の中にブーツを入れて、引く波に砂を除けさせた。


 そんなアテナに、近付く人が1人。


「すみません、お訊ねしたいことがございます」


「……なんでしょう」


「神様の部下、アテナさんで間違いありませんでしょうか」


 返答が滞る。アテナは質問してきた相手に振り返って、その顔を見た。


「だったら、どうします? Tメール、竹網涼仙たけあみりょうせん


「爆弾を、止めていただけないでしょうか?」


「それは神の意向。私に決定権はない」


「どうしてもですか」


「……一つだけ言っておきましょう。これは爆弾を止めるゲームでもなければ、そこらのバカの喧嘩バトルゲームでもないし、ましてや単なるかくれんぼでもない。人類の命が天秤にかかったゲームです。救いたければ勝つしか道なし。それをよく覚え、神を見つけることに時間を使うことです」


「……かしこまりました」


 涼仙のまえから、アテナは波打ち際に沿って歩き、去って行った。





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