JとY

「お兄さん達、遅いね」


「ねぇ。光輝こうきくん達、シャツ買うのにどんだけ掛かってんだか」


『ご来場の皆様に、お知らせいたします……まもなく、“歌姫”詩音しおんの“サイレントナイトコンサート”を、開始いたします。皆様、席についてお待ち下さい』


 場内アナウンスが流れ、内心でさらに光輝達を急かして溜め息が漏れる。


 そんなあやがふと中央のステージの方に視線を向けたとき、その方向の観客席を歩く一人の男に目がいった。


 目立つ緑色のクセっ毛に、欠伸をする口を隠す指輪だらけの手。千尋誘拐事件のとき、清十郎せいじゅうろうを叩きのめした男――コードネーム、ポセイドンだ。


「お姉さん?」


「あそこに神様の部下がいるんだ……光輝くんにメールしよう」


 詩音の話で盛り上がる霧黒むくろ結衣ゆいの隣で、光輝は彩からのメールに目を走らせる。そして周囲の人が聞かないよう、二人を通路の端に寄せて耳打ちした。


「神様がここにいるのですか?」


「霧黒さん、知らなかったんですか? 私たち、それも含めて今日来たんです」


「いえ、まったく。私のメールはNervousナーバスメールですから、神のことなど一言も」


「とにかく、神がここにいるのは間違いなさそうです。部下がいるってことは、それを護衛にしているということ」


「そうですね。とりあえず、会場内をくまなく捜索してみましょう。斉藤さいとう様、神様の部下の特徴をお教えいただけますか?」


「はい」


 光輝から返信を受けた彩は、次に清十郎にメールした。


 メールを受け取った清十郎の顔付きも変わり、簡単に返信して外を探す。


 今さっき、どっかのファンが後十分だとか騒いでたな……だったら、部下を先に行かせて参加者おれたちの様子を探らせて、ギリギリで来るかもしれねぇ……


 会場入り口は、関係者のそれ以外はたった一つ。そこをずっと見張ってれば、怪しい集団の一つや二つ通るだろう。

 

 そう考え、入り口付近のポップコーン売り場の後ろにケータイをいじるフリをしながら張り込んだ。


 再び会場内。


 二人と別れた光輝は通路で群がる人達を掻き分けながら、会場内にいるというポセイドンを探していた。


 少なくとも神の部下は三人はいることが分かってるが、その内でも二人の顔しか分からない。ポセイドンを探す方が確実だ。


 だが、一度会っただけで印象に残ったあの緑髪の持ち主はそう簡単に目の前に現れない。


『……コンサート開始、五分前です……ご来場の……』


 開始まで五分を切った。


 気持ちが少し焦るが、アナウンスを聞いた人達が自分の席に向かい始めて、通路にいる人が減り始めた。


 ギリギリまで探そうと、通路を歩き回る。


「ねぇ、今日のコンサートって“ウイルーン”も参加するんでしょ?」


「そうだよぉ! プロの音楽集団! さすが、“歌姫”のコンサートだよね!」


 通り過ぎた女性二人組み。その会話が何か引っ掛かって、足が止まった。


 そしてそれに似た会話を、外にいる清十郎も聞いていた。


「楽しみだなぁ! オーケストラ全参加のラスト!」


「おいおい、まだラストって決まってないぞ?」


「ラストだよ! 全員参加なんだぜ?」


 参加?


 二人の脳裏に思い浮かぶ、Eメールの文章。


 そこに書かれていた文と、今引っ掛かっている部分が重なったとき、二人は思わず走り出した。


「彩さん!」


「光輝くん? どうしたんだい、見つけたのかい?」


 焦って他の客に断るのを忘れながら、彩の隣の自分の席まで駆け寄る。そして彩の肩を掴むと、首を横に振りながら前後に揺らした。


「違ったんだ! 神はここにはいなかったんだ!」


「……へ?」


「少し考えれば、わかったのに……神は観客席にいるんじゃない!」


「じゃ、じゃあどこにいるっていうのさ?」


 何度も呼吸して、落ち着き切れない光輝の視線が、彩から移る。その方向に、彩は言葉をなくして唾を飲んだ。


「神は参加するんだ……このコンサートに、関係者として!」


「っくしょう!」


 関係者専用の入り口を目指して、会場の周囲を清十郎が走る。何とか尻尾を掴もうと、今までにないくらい全力で走った。


 胸の内で“孤高の帝王”を殴りつけながら、目前に見えてきた入り口を目指す。


 だが、そのときだった。


「詩音だ!」


「キャーッ!」


 は? 外からアイドルが見えるわけ……!


 会場に入れないファンに向けて、手を振る詩音がそこにいた。周囲に黒スーツのボディーガードを数人連れて、さっきまでファンが群がっていただろう通路を歩いている。


「……型破りアイドルが、ハッ」


 声援に手を振って応える詩音を見て、一つの悪知恵が働いた。走ったばかりで切れる息を無理矢理止めて、思い切り息を吸う。


「歌姫ぇっ!!」


 清十郎のバカでかい声が、詩音の耳に届く。詩音は清十郎を見つけると、通路の塀に体を寄りかからせて手を振った。


「詩音、何してるんだ!」


「いいの。私を助けてくれた人、興味なさそうだったのに……呼んでくれたんだもの!」


 止めようとするボディーガードを逆に止め、笑顔で手を振る詩音。それを見た清十郎は、これから利用しようとする罪悪感を感じながら、無理矢理その口角を持ち上げた。


「歌姫ぇっ! 一つだけっ! 頼みがある!」


「……いいよぉっ! なぁにぃっ!」


「詩音!」


「だってこの後、三分くらい演奏に任せちゃうでしょ? サインだって応援の言葉だって三分もらってんだから、いいよね?」


 ボディーガード達はこれ以上の反論を持っておらず、従うしかなかった。


 一人を関係者入り口に行かせ、自分もそっちに行くと清十郎に指で示す。そして詩音によって、中へと入れられた。


「お待たせっ! で、なぁに?」


「おまえ、今年の新年最初のあのTVジャック、知ってるか?」


「……神様のこと?」


 詩音の顔が突然曇った。清十郎含め、周囲の人間が対応に困る。だが時間がないと、清十郎は詩音の肩を掴んで軽く揺らした。


「俺は、あの神の仕組んだゲームの参加者だ。で、神がこのコンサートに、関係者として参加してることが分かってる」


「あなた参加者?! しかも、私のコンサートに……神が、参加するの?」


「も?」


 清十郎は自分の耳を疑った。だがうんと頷いたその詩音の顔が、本当だと言っていた。


「私も、参加者だよ? Yメールの」


「……Jメールの米井よねい清十郎だ。改めて、このゲームを終わらせるために頼みたい」


「よぉし! みなさん! 彼に協力いたしますので、よろしくおねがいします!」


 スタッフ一同が頷く。どうやらほとんどの人間が、神のゲームのことは知っているようだ。とりあえず、安心出来る。


「さて! どうすればいい?」


 清十郎が詩音に頼み事をするその光景を、階段の裏で密かに見つめるスタッフがいた。ケータイを取り出してメールを送り、すぐさま返ってきたメールの文章に目を通す。


『ポセイドン、アテナと連絡を取って動きを探りなさい。そして止むを得ない状況になれば、Jメールの相手をしなさい、アレス』


 アレスの殺意のこもった眼差しが、清十郎に向けられる。




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