巨人進撃

 ♪ また 君に思い 伝えるといい SUKI ってさ ~~


 少しばかりテンポの速い一曲目が終わり、歓声と興奮の咆哮に会場が包まれる。詩音しおんは周囲を見回すと右手を高く掲げ、マイクを通して広げた声で呼びかけた。


「ハロハロゥ! 来てくれたみんな! 今日はありがとぉっ!!」


 冷めることを知らない、人が放つ声援の嵐。数千人の声が集まってできたそれに負けじと、詩音はマイクを使いながらもさらに声を張らせた。


「もう一曲目、終わっちゃったね! でも、でもでもでもでもでもっ! まだまだ歌うから! 盛り上がって、くれますかぁっ?!!」


 声援を受けて、詩音の二曲目が始まる。歓喜に満ちる会場内だが、その外にいる二界道にかいどうら純警隊含む治安部隊は、大きな緊張感を感じていた。


「海中で爆発?! 場所は?!」


 部下の連絡を受け、思わず二界道の声が裏返る。車の中で二界道の会話を聞いていたジャックはケータイを銜えながら、キーボードを叩き出した。


 腰のポケットから端末を取り出してパソコンに繋ぎ、電波を発信。数秒で、自分の周囲一五キロ圏内にある数箇所の信号を受信した。


「海中で爆弾が爆発したのは間違いない。しかも今のと同じのが、会場ここを含めてあと一二個ある。元警部、海保に連絡してくれ。俺が爆弾の場所を指示する」


「それは止めておいた方がよろしいかと思われます」


 アイフォンを片手に、涼仙りょうせんが二界道達の会話に入る。画面をスライドさせて少し目を通すと、手を後ろで組み、ゴホンと咳払いした。


「爆弾は海中。ただでさえ解除は難しいなか、至近距離で爆破されれば、犠牲が出るだけです。失礼ですが、爆弾の位置を見せてはいただけませんでしょうか」


 ジャックのパソコンの画面を見て、涼仙は顎髭を擦りながら目を細めた。そして二界道のアイフォンを素早く取り、二界道の部下に連絡を取る。


「すみません、今から爆弾のある箇所を三箇所言いますので、付近にいる人間の非難をお願いします」


「お、おい、竹網たけあみさ――」


 二界道が止めるのも聞かず、涼仙は三箇所だけ場所を伝えるとアイフォンを二界道に返した。ジャックにまたパソコンを見せてもらい、また考える。


「なぁ、何故三箇所だけ教えた? 一二箇所全部を教えたほうがいいんじゃねぇの?」


「私も最初、そう思いました。ですが、まずは一番多くの被害が考えられる場所。短時間で避難誘導が可能な場所を指定しました」


 パソコンの画面を指でなぞり、爆弾の位置を指す。ジャックと二界道は、その画面にグッと顔を近付けた。


「見て下さい。爆弾の位置はまるで、人が歩いた時に出来る足跡のようになっています。もしもこれが、人の歩行をイメージして置かれているなら、爆破地点は、今爆発した場所から段々と近付いてくるはずです」


「じゃあ次は……」


「えぇ、最初の爆破地点から少しこちらに近付いた場所でしょう。そして、一三回目に爆破されるのが……」


 三人の視線が、歓声に包まれる会場へと向けられる。


 二界道はアイフォンで部下に避難誘導を呼びかけさせ、その場にいた他の部下にも同じ指示を送った。二界道自身も、十箇所目の爆破地点である水族館周辺に向けて走って行く。


 ジャックは涼仙から返してもらったパソコンのキーボードを叩きながら、額を拭う涼仙を見つめた。


「あんた……一体何者だよ」


「見ての通り、レストランを経営しているヨボヨボのジジィですよ」


 二界道からのメールを受け、会場内にいる参加者も動き出す。メールを受け取ったあや光輝こうきと共に会場から通路へと飛び出して、爆弾探しを始めた。


「ったく! 神様見つけるだけのゲームだよね?」


「人類滅亡って言ってる時点で、ただのかくれんぼじゃないけどね」


「冷静沈着素晴らしいなぁ、君は!」


 二人の足が止まる。通路の中央で仁王立ちしている人のわずかな殺気が、二人を止めた。白銀の瞳が見つめる二人の像が、微笑んで歪む。


 光輝にはその笑みが、忘れられない相手だった。


「さすがは年長の竹網さんだ。爆弾のことを純警隊に知らせただけでなく、その爆破順序まで推理しましたか」


「誰だい? 確実にこのゲームに関係してることはわかるけど」


「ゼウスだよ」


「この人が?」


 首を数回曲げて音を鳴らし、その手で自分の顔半分を覆ったゼウスは、深く息を漏らした。胸を膨らませ、脚を少し折り曲げて、全身で呼吸する。


「初めまして、Gメールの御門みかど彩さん。神の部下、コードネーム“ゼウス”です」


「こいつは驚いた。悪役にも、人気ランキングの上位に入りそうなイケメンキャラっているもんだね。しかも紳士だ。バレンタインはチョコ貰ってしょうがない人生だろ?」


「男なら、モテずともバレンタインはソワソワしてしまうものですよ。もっとも、最近の女性は同姓の友達にチョコを送る方が多いようなので、本命チョコなんて伝説上の産物だと思ってますがね」


 この人、光輝くんより冗談通じるなぁ……


「通していただけますか?」


 彩の前に光輝が立つ。ゼウスを前にして全身に力が入っている光輝に。ゼウスは微笑みかけた。


「通したら、目の前に出てきた意味がないとは思いませんか? 神宿かみやど光輝さん」


「神宿——」


 光輝の回し蹴りがゼウスを蹴り飛ばす。一瞬のことに反応できず固まる彩に、歪んだ笑みを浮かべた光輝が振り返った。


「行って。爆弾のことは任せるから、こいつは俺に任せて」


「出来るのかい? まぁ、君なら勝つだろうから――」


「あぁ、勝つさ。このゲームを深夜放送のアニメ二六話で終わらせるなら、ここでがあいつを殺さないといけないだろう?」


 僕?


「さっさと行って。でないと、邪魔なものから笑っどかしていくよ」


 正気はどこかへ飛んでいた。


 今の光輝の言動源は、怒りによって湧き出る破壊衝動ただ一つ。言葉のまま、不適な笑みを浮べた光輝がゼウスに飛び掛る。


 あれが……警視庁に眠る殺し屋を殺し返してみせた獣。あの包容力豊かな器から、わずかにこぼれた水を飲んで生きる……まさに衝動けもの――!


 身を転がして光輝の脚を避けたゼウスが立ち上がり、掌打を叩き込む。壁に叩き付けられた光輝は狂ったまま、ゼウスに跳び蹴りを喰らわせた。


 堪えたゼウスがクスクス笑う。


「一体どれだけの過去が、その衝動けものを育てているんですか? 神宿さん」


「っ……僕を神宿と呼ぶな……獣に食い殺される神なんて、無様で拝めないだろうがよぉ!」


 警視庁地下で見た、衝動に突き動かされる光輝の姿。あのときはすぐに止めたから、止められたから見ることもそんなになかった。そして今見た。


 だが、走った。


 ゼウスと光輝の乱闘の間を抜けて、その場から走り去った。だがそれは辛すぎて、涙が目からボロボロ流れ出た。


 怖かった。


 光輝が怖かった。だから、爆弾を探すという理由を見つけて逃げた。そう、逃げただけなんだ。後で彼に何を言われようと、その場はムカつくかもしれないが当たり前なんだ。


 でも彼は、おそらく何も言わないだろう。一言、ゴメンと謝罪の言葉を並べて自分にいらない罪を付けるんだ。わかってる。それが斉藤さいとう光輝という人だから。


「バカ………バカ、バカバカバカバカバカ、バカ! バカァ!」


 友達を恐れ、逃げた自分を責め立てた。ここがコンサート会場で、今コンサートの真っ最中だなんて忘れて、自分を侮辱する言葉を自分に吐きながら、ひたすら爆弾を探すため、ケータイを片手に走った。


 そして、ゼウスはフッと溜め息をついた。耳を澄ませて、二曲目の終了を確認する。


「止められはしませんよ。この前哨戦は、我々の力を知らしめるためのもの。故に、これは最初から神が勝つと決まってるのです。巨人がここを踏み潰す。巨人進撃タイタンアサルトは誰にも阻止出来ない。そう、決まってるのですよ」


 ゼウスの足元に、血塗れの青年が虫の息で転がる。






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