ルイフォン
教会の階段を上って行く、黒服に身を包んだ女性達。両端には腰にナイフを仕込んでいる男達がズラッと並んでいる。その中を、黒服に身を包んださやかがグングンと進んでいた。
別れるまえ、
「そいつがないと、参加者のいる場所へは入れない。しかも非常事態を除いては、男性は立ち入りが禁止されてんだ」
「あなた、私がいなかったら女装するつもりだったの?」
「んなわけあるか! さっきも言ったが、
「そいつが女装してるの?」
「西崎は女だ! おまえ天然か! とにかく、おまえは潜入し次第、西崎と合流しろ」
「ふ、フン……警察が私に命令しないで」
いけない、恥ずかしいこと思い出した。
さやかの階段を上るスピードが加速して、他の女性を抜きながら教会に入る。大きく開いた扉の側で二人の女性が頭を下げ、迎え入れられた。
木製の長椅子に女性が並んで座り、
中にいるのは確かに全員女性。黒服から出ているのは顔だけで、人を見分ける特徴がほとんど隠れている。目の前の祭壇には、金色の十字に貫かれた傾いている赤十字が立っていて、意味が分からない。
隣に女性が座ってきて周囲を見るのを止めると、その女性がさやかに見えるようにアイフォンを取り出した。黙祷するフリをして、細目を開けてメモ画面に文章を打ち込む。
中川さやかさんですね? 西崎です。警部から話は聞いています
西崎のアイフォンに指を伸ばしてえぇ、と打つと、アイフォンを黒服の中に隠して西崎は何事もなかったように黙祷する。行動の早さに、さやかは変に感心させられた。
しばらく黙祷していると、祭壇の前に現れた老婆が黙祷を止めさせ、どこの国か分からない言葉でベラベラと喋りだした。まるで呪いを受けたかのように、さやかを睡魔が襲う。そして必死にその睡魔と闘い続けると、老婆は日本語で話し出す。
「皆様、本日も天気に恵まれて、清清しいですね。きっと皆様には我らが女性の神、ルイフォン様が幸運をもたらすことでしょう。ですが、ルイフォン様は我々に試練を与えます。辛く厳しいものですが、その試練を乗り越えた強き女性には、永遠の幸運を与えて下さるでしょう」
長々とまぁよく語る。まるで選挙演説だと、さやかは老婆の続く公言に飽き飽きしてまた眠くなる。だが今度は、睡魔が襲うことはなかった。
凄まじい衝撃音。教会奥にあった扉が蹴り破られて、ボロボロの黒服の女性が裸足で飛び出してきた。小麦色の髪が乱れて、彼女の顔を半分覆っている。
「レクトアァッ!」
女性とは思えない声で咆哮する。周囲の女性達が逃げ出そうとする中で、レクトアと呼ばれた女性は落ち着いていた。
「落ち着きなさいマリー。試練に耐えるのです」
「マリーだと? 俺は……ルイフォンだぁっ!」
ルイフォンが老婆レクトアに飛び掛り、爪が伸びた手を向ける。だがその手が届くまえに、跳んで来た赤髪の女性によって押さえつけられた。
彼女だけ黒服を着ず、肩にかけている。ルイフォンだと叫んだ女性よりも小柄だというのに、彼女は軽々と暴れるルイフォンを押さえつけていた。
「レクトア様、お怪我は?」
「ないわ、ありがとう」
レクトアが近付くと、ルイフォンは押さえつけられた体を動かして噛み付こうとする。レクトアは彼女にルイフォンを任せると、両腕を広げて公言を続けた。
「皆様、彼女は今、ルイフォン様から試練を与えられ、必死に闘っています! この困難に彼女が打ち勝ったとき、彼女に永遠の幸運が訪れるのです!」
「……うまく使ったわね」
「えぇ、おそらくあの人よ」
「あの老婆?」
「違う。今押えられてる人」
ルイフォンの乱入を見事に信じ込ませる道具に使ったレクトアの言葉を受け取ると、女性達は解散していった。だがさやかと西崎はルイフォンが扉の奥へと連れてかれるのを見て、レクトアに話しかけた。
「こんにちは、私今日が初めてでしたの。まさか初日にルイフォン様に会えるとは思ってませんでしたわ」
「あら、それは大変幸運でしたね。大丈夫、試練は大変辛いけど、あなたもあれを乗り越えればきっと幸運に巡りあえますよ」
「それでレクトア様、ぶしつけながらお頼みしたいんですが……ルイフォン様に会うことは出来ないのでしょうか。今後の為、覚悟といいますか……」
「……そうね。確かに、そういう気構えが必要かもしれないわ。ただし気をつけなさいな。ルイフォン様はとても気が立っておられる」
「えぇ、気をつけますとも。行きましょう?」
西崎を連れ、扉の奥へと入る。扉の奥はすぐに下り階段で、地下に辿り着けば日の光は一切入ってこなかった。明りは持たされたろうそくの火、一つだけ。
「演技派なのね、驚いた」
「馬鹿にしないで。演技くらい、誰でも出来るわ」
「誰だ」
歪んだ鉄格子の奥で、
「あなたがルイフォン?」
「……おまえ、殉教者じゃないのか。俺を様付けして、勝手に浮かれる馬鹿と違うな」
「わかるの?」
「勘だよ、勘。臭いと言ってもいい。おまえは他の奴とは、違う臭いがする」
「私は
「こんな格好で教えろとは。まるで尋問だな」
鼻を鳴らして笑うルイフォンに構わず、さやかは自身のケータイを取り出した。
「あなた、ケータイとか持ってた? 持ってたら、神と名乗る奴からメールを受け取ってない?」
「神、神……か。あぁ、マリーが受け取った」
「マリーって誰?」
「おまえの目の前にいる女のことだ」
「それはどういう……」
「こいつは――俺はマリー・ルイフォン。おまえの言う通り、あの神からメールを受け取った参加者だ」
「あなた、ゲームのこと――」
「あぁ、知ってる。マリーの目で見てた。神を見つけて、人類滅亡を止めろっていうんだろ? 何度も警視庁の連中が来て、俺が返り討ちにした」
「じゃあ何で、こんなところに」
また鼻を鳴らして、ルイフォンが笑う。そして突如腕を引っ張りだすと、手枷を繋いでいた鎖を引きちぎった。とんでもない馬鹿力だ。
「見ての通り、俺はこいつの別人格。おおらかで優しいマリーと違って、俺はマリーが弾けない弾丸を弾く獣だ。その獣の存在を知ったあのババァに弱みを握られ、マリーの身の安全を条件に繋がれることになった。だが……!」
「条件は、呑まれなかったのね」
「悪魔を敬い、飯を与える教会などありはしない。レクトアは俺を、マリーを悪魔に憑かれた悲運な女として世に晒した。何度も出ようとしてマリーの体を傷付けたが、このザマだ」
「あなた……」
「同情などするな。俺は所詮、一人の人間にもなり切れない不完全な存在……マリーの体がなければ、どうしようもない」
歯を喰いしばって悔しがるルイフォンを見たさやかはケータイをしまい、顔を覆っている部分を脱いで立ち上がった。
「弱みって何? あなたのメール?」
「……フン、それを知ってどうする。おまえが何とかするってのか?」
「えぇ、何とかするわ。その為に来たのだから」
「ハッ、簡単にモノを言う」
「私も、最近まで暗い倉庫の中に閉じ込められてきた。暗がりの中で生きてきた人間にとって、太陽がどれだけの活力か分かってるつもりよ。どう? あなた、出てみない?」
ここに来て、さやかが初めて笑ってみせる。その顔を見たルイフォンは、ハ、と軽く笑い飛ばした。
「……おまえ、まるで悪魔みたいに笑うな」
「えぇ。ずっと暗いところにいると、笑顔も引きつるの。こんな顔で、マリーを笑わせたい?」
「……ハッ、しょうがねぇ。うまくやれよ、中川さやか」
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