Lメール

「忘れ物ないね?」


あやさんがないなら、大丈夫だと思います」


「ムッ、言ったなぁ?」


「おい、同類。ハーフとガキはどこ行った?」


「お土産見に行ったよ。ぬいぐるみがどうのこうのって」


「ならいい」


 持ち物をすべて持って、ペンションのまえで集合する。今からバスに乗り、東京へと帰るのだ。だがそのまえに土産を買うため、ティアと千尋ちひろは四人を待たせて土産コーナーに寄っていた。


「チヒロくん、欲しいのありマスか?」


「うぅん……これ欲しい」


 千尋が抱きあげた、青いイルカのぬいぐるみ。ティアは財布とにらめっこしたあと、千尋に親指を立てて見せた。


「私が買いマスよ!」


「いいの? お姉さん」


「Fメールにも書いてマス! 頼られタラそのHeartハートに応えるのがGoodデス!」


「ありがと! お姉さん!」


 イルカのぬいぐるみを買ってもらい、ハイテンションの千尋。懐へのダメージが大きいティアだったが、千尋には笑顔を見せる。


 そんな二人のまえに、水筒を持った男が歩いて来た。


「あれ? 君は昨日の子かい?」


「OH! また会えマシタね。昨日はホントにアリガトーゴザイマシタ」


「いやいや、いいんだよ」


 昨日助けてもらった男に頭を下げる。昨日と同じく重そうなリュックを背負い、長袖長ズボンと言った暑苦しい格好だった。頭に巻いているタオルではなく、リュックから取り出したタオルで汗を拭う。


「昨日はあれから大丈夫だった?」


「ハイ! お陰で、タノシー思い出になりマシタ!」


「そうかぁ、そいつはよかった」


青峰あおみねさん」


 一人の女性が男――青峰を呼ぶ。胸につけているプレートには、佐々木ささきと書かれていた。青峰は水筒の水を喉に流し、蓋を閉めて佐々木に振り返った。


「いやぁ、佐々木さん。どうもぉ」


「ごめんなさいね、青峰さん。また来て下さって」


「いやいや、これが仕事ですから。で、今回はどうされました?」


「それが、スズメバチに刺された方が――」


「何?! すぐに連れて行ってくれ!」


「は、はい!」


 青峰は佐々木の案内で、すぐさま急ぎ足で一室へと向かう。今のやり取りを見ていたティアは、何となくだが二人について行った。


 一階の部屋。ベッドが並ぶその部屋で一人、千尋と同じくらいの小さな子供が息を切らして寝ていた。青峰が駆け込み、子供の側に寄る。


「……アナフィラキシーショックだな」


 アナフィラキシーショック。スズメバチなどに複数回刺されることによって起こるショック症状。重度に至れば死にもする、危険な状態だ。


 下ろしたリュックから注射器と液体を取り出し、子供に刺す。刺された傷口を探し出し、別の空の注射器で血を吸い出した。


「救急車はいつ?」


「渋滞が酷くて、一時間かかるかもしれないって」


「分かりました。応急処置をするので、手伝って下さい。君、ちょっといいかな」


「え? は、ハイ!」


 まさか呼ばれるとは思ってなくて、声が裏返る。ティアは部屋に入り、青峰の隣に立った。


「リュックの持ち物全部に、番号書いてあるからさ。言ったやつを取ってくれ。佐々木さんは、お仕事に」


「で、でも……」


「だ、大丈夫デス。私がお手伝いシマスから、お姉さんはもどてくだサイ」


 戻るのを躊躇っていた佐々木の裾を引っ張り、千尋が笑みを見せる。


「お姉ちゃんがお手伝いするから大丈夫だよ。行って、お姉さん」


「……お願いします」


 佐々木が行くのを見届けて、青峰はフッと息を吹いた。そして片手にアイフォンを持ち、パスコードを開く。


「さて、やろうかな。子供の命を守る、Lifeライフメールの力を見せるときだ」


「カミサマのメール?!」


「そうさ、よく知ってるね。でも話は後だ。手伝ってくれ、お嬢さん」


 青峰のアイフォンが、出番を待っていたかのように震えた。


「はぁ? ハーフが昨日助けられたやつの手伝いだぁ?」


 佐々木のことを送った千尋は、ペンションのまえで待っていた四人にティアのことを伝える。清十郎せいじゅうろうは面倒だと頭を掻き、彩は千尋に合わせてしゃがんだ。


「千尋くん。それって昨日、僕とティアくんを助けてくれた男の人かい?」


「多分……」


「あっそうか。ちゃんと顔知らないのか」


 千尋の頭を撫で、三人の顔を見上げる。ティアが来るまで待とうと目で言われ、清十郎を先頭にペンションへと戻った。


「……よし、これでとりあえずは大丈夫だ」


 ヨカタ……シパイせずに済みマシタ。


 青峰の終了の合図で、一気に緊張が解けたティアがその場で膝をつく。子供は点滴を打っているお陰か、段々表情が落ち着いてきた。


 寝ている子供の側にゆっくり座り、青峰はフッと息を吹いた。たばこを吸っているのかと思ったが、雰囲気だけで吸ってはいない。彼もまた、ようやく緊張を解いたのだ。


「……お嬢さんは、このメールのことを知ってるみたいだけど。お友達に、こいつと似てるのを持ってる子がいるのかい?」


 振り返らないまま、不意に質問される。ティアは自分のケータイを取り出して、青峰の背に画面を向けた。


「ワタシのお友達ももてマスし、ワタシももてマス。キョーはそのお友達六人で帰るデス」


「なんだ、君が持ってたのか……しかも、五人も持ってる子と一緒なんて、すごいな、ハハ」


「Lifeメール、言いマシタね」


「あぁ、危機に陥りそうな人を助けるメール。あの神様は俺に、ゲームで傷つく人達を治せって言ってるのかもな」


 スヤスヤと寝息を立てる子供を見て、青峰が微笑む。その隣に立ったティアも、子供の顔を見ると自然に笑みがこぼれた。


「お医者サン、ですカ?」


「医師免許は持ってるんだけどね。医者って言う程じゃないさ」


「じゃあ何で、あの人に呼ばれたデスか?」


「ここは有名な観光地だからね。毎日車が走ってて、たびたび渋滞してるんだ。そんなときに怪我人や病人が出れば、救急車を走らせてもなかなか着かない。俺は、救急車が着くまでに応急処置をして、命を繋ぐ仕事をしてるのさ」


「……立派なんデスね」


「まぁ、正式な医者じゃないから薬品はいつも不足してるし、応急処置が目的だから助かるかってのは分からないけどね」


「それでも立派だと、私は思いマス」


「ありがとう。名前、そう言えば聞いてなかったね、お嬢さん」


浜崎はまさきティア・フレイデス。ティアと呼んでもらてマス」


「青峰正大まさひろだ、よろしく。さてと、君を早くお友達に返さないとな。手伝ってくれて、ありがとう」


「その前に青峰サン、メールアドレスのコーカンをお願いシマス。カミサマ見つけるのには、みんなのチカラヒツヨーですカラ」


「そうだね。一緒に頑張ろう。って、お友達にも伝えておいてくれるかな?」


「ハイ!」


 ティアが戻ってくると、旅行カバンに座っていた彩が立ち上がって迎えた。結衣ゆい光輝こうき、不機嫌そうな清十郎も気付く。


「Sorry、ミナサン。すぐにイキマショー」


 頭を下げたら文句はないらしく、清十郎はさっさと荷物を持ち上げる。他のみんなも荷物を持ち上げ、全員いるのを確認してペンションを後にした。


「行きました……無事」


 ペンションを出る六人を、林に隠れて双眼鏡で覗く。顔と肩でケータイをはさみ、その手には黒光りするライフル銃が握られていた。


「Lメールとは接触したようですね」


『そうか、ならよかった。このゲームに勝つには、すべてのメールが必要になる。より多くの参加者に会っておけば、力も借りやすいだろう』


「えぇ、そうですね」


 細い腕でライフルを担ぎ、ゴルフバッグに詰め込んで林から出る。ケータイを持ち直して、止めてある白の車にゴルフバッグを投げ入れた。


「そちらはどうです? うまくいってますか?」


『あぁ、順調だ。次の動きに移すから、おまえも戻ってくれ。これ以上はおまえも、神の目が光るだろう?』


「さぁ……すでに神は、知っているような気がしますけどね」


 白銀の長髪を海風にたなびかせ、ただ閉じたケータイを握り締めて青空を仰ぐ。車のエンジン音を響かせて、その場から消えた。







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