単独行動

 そこは、大都会にあるビル群。その中の一つ。そこが神と、神の部下達が使っている場所の一つなのだと誰も思っていない。故にポセイドンは堂々と、廊下のど真ん中を走っていた。 


「おぉい、神様よぉ! どこだってんだよぉ!」


「ポセ、何叫んでるの」


 廊下を早足で回っていたポセイドンを、ハデスが呼び止める。後頭部を掻きむしりながら、ポセイドンは周囲に人がいないかどうかを確認した。


「神様はどこだ。話がある」


「アフねぇと別の隠れ家に移動したはずよ。どうしたの?」


「ゼウスの野郎がいねぇんだよ。まぁ、アフロディテがいねぇんなら、コソコソする必要はないようだな」


「ゼウス? そういえば最近見ないわね……何か用なの?」


「その最近の動きについて、訊きてぇことがある。勝手なことばかりしやがって!」


 壁を殴ったポセイドンの目つきが鋭くなる。ハデスは息を漏らし、目の前で殴られた壁に寄りかかった。


「確かに、ゼウスの行動は引っかかるね。彼は申告者ニャルラトテップのリーダーであるにも関わらず、単独行動が多すぎるわ」


「Eメールへの接触、Fメールへの強化チップ譲渡。そのときに警告した可能性だってあるんだぜ? 神様は何で、あいつをほっといてやがる!」


「前に神様に訊いたわ。でも、神様は困るどころか喜んでた。ゲームがおもしろくなるって」


「っ! 何を考えてるんだ、神様は」


 朝を知らせる太陽が昇り、空を青白く染める頃。一人早く起きたあやは砂浜で腕を組んで立っていた。


 潮風に髪を撫でさせて、風と共に飛んでくる水飛沫を体で受け止める。この心地のいい感覚を楽しんでいると、後ろから足音が聞こえて振り返った。


「なぁんだ、光輝こうきくんか。早いじゃないか」


「目が覚めちゃって……彩さんも早いね」


「うん、何となく頭が起きてね。学校がある日も、こうして起きれるといいのに」


「そうだね」


「ム、そこは頷かないで欲しかったな……」


 彩に誘われて隣に立つ。熱い日差しと冷たい風を正面から受けて、心地のいい感覚に包まれる。さらに深呼吸をしてみると、体の内側から癒されているような感覚までしてきた。


「気持ちいいよね」


「うん、そうだね。ずっとこうしててもいいかも」


「でも、神様は見つけなきゃいけない」


「分かってる」


「ねぇ、光輝くん?」


 彩が光輝の袖を掴んだ。海面に映っている相手を見つめ、互いを直接見ずに会話する。


「僕ね。神様を絶対見つけるよ」


「うん」


「神様を見つけて、父さんと同じような裏の権力者を潰すつもりだったって……言ってなかったっけ」


「初めて聞いた、かな」


「そっか。とにかく、もうそんなこと言ってらんない。父さんも、思ってるような人じゃなかったし」


 彩が顔を向ける。光輝の方を見て笑みを向けた。


「必ず見つける。君と一緒にね」


「うん、みんなもいるからね」


「……そうだね、そうだった」


 彩がそっと手を離す。光輝が一緒に戻ろうと言ったのを断って、一人残った。


「やれやれ、Eメールは彼が鈍感だって言ってないのかな?」


 強くなった潮風に吹かれ、乱れた髪を指でなぞる。光輝の袖を掴んでいた自分の指を眉間にくっ付けた。


「ま、見つけてみせるさ。神様と、君に分かりやすい伝え方を」


 潮風がまた、彩の髪を揺らす。だがどれだけ辛いことや悲しい過去も溶かすその水飛沫でも、そのときの彩の決意は溶かせなかった。

 


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