俺の法律

 地下通路内は水が流れ、そのまま海へ流れるようになっている。


 無論、点検用に人が通る道とライトはあるのだが、ライトは神の部下の機転なのか、主電源から切れていた。


 故に三人はケータイ画面の明りを足元に照らし、急ぐ気持ちを抑えてゆっくり進んでいた。足を踏み外せば、海まで直行である。


「こりゃ、警視庁の三人に先を行かれるパターンだね」


「でも、これが最善なんだ。警視庁の人達だってここを通ってるから、帰りの明りが欲しいと思ってライトを点けてくれるだろうし」


「まぁ、同類の考えは筋通ってるわな」


 地下通路に下りて約二〇分が経ち、高い湿度のせいで汗ばんで来た頃にようやくライトが点いた。


 ケータイをしまって、ここから移動を走りに変える。


 通路を水が濡らして足元が滑りやすくなっているために全速力では走れなかったが、三人はそれでも可能な限り速く走った。


「おい、同類。今何か聞こえなかったか?」


「え?」


 清十郎せいじゅうろうの言う何かに、三人足を止める。それと同時に、鼓膜を破りそうな大きな音が、三人の鼓膜を破らずに揺らした。


「聞いたか? お前ら」


「銃声……で合ってるかな?」


「俺もそうだと思う」


 千尋ちひろの身を案じ、スピードの抑制を忘れて三人は全速力で走った。


 不思議と足は滑らず、すぐに銃声の正体に気付かされる。


「警察の人……死んじゃってる?」


「これで生きてたら、俺は化け物だと思うな」


 北魅沢きたみざわの部下の一人がうつ伏せで浮いていた。背中に五つ以上の穴が空き、そこから血が溢れて水に溶けていく。


「あの血が海に流れてくと思うと、ゾッとするよ」


「海水の塩分って、死んだ生き物の血とか死体が原因っていうけどな」


「嘘?!」


「嘘だ。先行くぞ、黒髪女子!」


「嘘って……君、結構余裕あるでしょ?!」


 先へ進んで行くにつれて銃声の数が増え、その音量も増してきた。


 恐怖からあやの足が遅くなるが、光輝こうきと清十郎はスピードを落とすことはなかった。


「……この人も」


「あぁ、死んでる。無様だな、警察バカの野郎共……」


 通路で横たわる、北魅沢のもう一人の部下。胸に一発喰らったようで、死んでいた。


 死体をまたぎ、先に進んでいく。だがすぐに、光輝の足がスピードを落とした。


「どうした、同類」


「ごめん……死体見ちゃって、気持ち悪くなっちゃったみたい」


「……まぁ、当然だな。先行くぞ、同類!」


「うん、気をつけ――」


「てめぇだよ」


 清十郎は一人、先へ走っていった。だが気持ち悪くなっているのは清十郎も例外ではない。


 それでも走っている理由が自身でも分からぬまま、走る。


 また銃声が聞こえた。


 込み上げる吐き気を抑えて、さらに加速させて走る。必死だった。


 徐々に銃声の数は増えていく。銃弾が落ちる金属音まで聞こえ始めた。


「ガキィィィッ!」


 目の前に表れた広間に躊躇なしで跳び込み、最初に視界に入った北魅沢を殴り飛ばした。


「貴様……もう来たのか?」


「あぁ? うっせぇよ警察バカ大将。俺はあのガキにまだ用件があんだ」


「ではその後、メールは揃えて渡して貰いましょう。あれは我々、警視庁が管理する」


「はぁ? 管理じゃなくて、徴収だろ? 金じゃなく、神のメールの」


 立ち上がった北魅沢が清十郎に銃口を向ける。


「態度が過ぎますね。ここで殺しても、我々は誰にも責められはしないのですよ」


「やっぱ嫌いだぜ、警察ってのは。昔なんてのは知らねぇが、今じゃ犯罪者を抑制する組織が犯罪者になってばっかだもんな」


「貴様、言葉が過ぎると言っているのだ」


「言葉が過ぎる? 欠点を堂々と上げられて、その欠点信じるのがいやなだけだろ? 欠点言われたら殺意覚えるって、いつまでガキなんだよ?」


「貴様っ――」


 銃声が鳴り響く。しかしその銃弾は北魅沢の頭を横から打ち抜いて殺した。


「こちらのことを忘れていたようだな、警視庁。そんなことでは、神に辿り着くなぞ到底敵わん」


「……てめぇが神の部下か」


 広間にある数少ないコンテナの背後から、男が一人現れた。白い短髪の先が黄色く染まり、後ろで結んでいる。


「デュオニュソスの名を与えられた。この神の名を知ってるか?」


「あぁ、一応。酒豪のバックスって、酒の神ってことくらいだがな」


「それだけ知っていればすごい方だ。神話には、興味があるのか?」


「べっつにぃ。ただ授業中、暇だったから適当に読んだのが神話の本ってだけだ」


 返事の代わりに拳銃を放つ。


 軽く後ろに跳んで銃弾を避け、足元にぶつかった銃弾を見て清十郎は口角を上げた。


「危ねぇなぁ、お前。会話のキャッチボールをしろって、小学校で習わなかったのか?」


「恵まれた奴らには分からないだろう。こっちの世界はな」


 放たれる銃弾を避け続け、デュオニュソスが銃弾を込める際にも清十郎は息を切らして立ち止まった。


「随分走ってきたようだな。体力は温存するべきだ」


「るせぇよ、酒豪。上から言うんじゃねぇよ。言われなくとも分かってんだからよ!」


 銃弾を避けながらデュオニュソスの懐に潜り込み、拳を引く。


「俺の法律に逆らったんだ……容赦はしねぇ!」


 デュオニュソスの顎を殴り上げ、吹き飛ばす。だがすぐに体勢を立て直され、銃弾が肩を掠めた。


「お前の……法律?」


「あぁ。俺のはなんてったって、Judgementジャッジメントメールだからなぁ……俺の法律に逆らって、俺の制裁を喰らわないバカは、許さねぇ」


「お前だけの法律に、裁かれる時間は――」


「許さねぇって、言ってるだろうがよぉ!」


 デュオニュソスの顔を、清十郎の拳が歪ませる。


 大の男の体が吹き飛んで、コンテナに頭を打ち付けた。頭を押さえてデュオニュソスが呻く。


「てめぇは実刑判決だ。お前の利き腕とは逆の腕を、お前の体から離してやる」


 頭を打ち、デュオニュソスは脚が痺れて立てなくなっていた。


 口角を上げ、怒り剥き出しでデュオニュソスにゆっくりと清十郎が近付く。


「米井くん」


「よぉ、同類」


 後から来た光輝と彩の方を振り返り、清十郎は上げていた口角を下げた。


「これからこいつの刑を執行するところだ……黒髪女子、ここにガキがいるはずだ。捜しておいてくれ」


「……彩さん」


「分かってる。しばらく出てこれないけど、いいよね?」


 光輝が頷くと同時に、彩はコンテナの方へ向かった。光輝は歩み寄りながら、清十郎に話しかける。


「刑って、何をするの? 殺したらいけないよ」


「わぁってる。だけどよ、ここまで腹立たせておいて、一発殴っただけじゃ気がすまねぇんだよ……片腕の一本でも落としてやらねぇと、この気が治まりを知らなくなる」


「そこまでする必要はないよ。神に関する情報を全部俺らに渡す代わりに、見逃すって――」


「黙ってろ、同類! 気がすまねぇって言ってるだろうがよ!」


 怒りの篭った目で光輝を睨む。一歩下がった光輝だが、すぐにまた歩き始めた。


「米井くん、君は俺に言ってくれたじゃないか。一時的感情から起こす行動は、後で必ず後悔するって。一時的感情の高まりが今じゃないなら、分かるはずだよ。米井くん」


 清十郎が動きを止めた。光輝が肩を叩くと力が抜け、握っていた拳を解いた。


「神を早く見つけるために、今はこの人から情報を取るべきだよ。見つけた後で、執行すればいい」


「……同類。お前、やっぱ俺と同類だな。俺の言葉を逆手に取って、俺を止めるとか」


「そうかな」


 清十郎は何も言わなかったが、口角を上げて手を払った。


「さて……じゃあ刑は先送りだ」


「その代わり、取調べだね」


「態度によっちゃ、拷問だけどな」


 二人で歩み寄ったその時だった。突然現れた何かに、二人共吹き飛ばされた。


「困るんだよ。こいつに拷問なんかされちゃぁよぉ」


「んだてめぇ!」


 やっと立ち上がったデュオニュソスは、目の前の光景を疑った。緑色の髪に、左薬指を除く全ての指に指輪をはめたその男が、この場に来るはずはないと思っていたからである。


「お前ら、情報を抜くのは勘弁してくれよぉ。元とはいえ、幹部から情報抜かれちゃすぐにこのゲーム終わるだろ? ま、俺は全然進まねぇゲームよりはマシだと思ってるっけどな」


 舌を打って清十郎は立ち上がり、前に出た。


「てめぇも神の部下か」


「おぉ、そうだ。いい勘してるなぁ、ガキ。申告者ニャルラトテップの1人、ポセイドンだ」


「そいつは手間が省けた。元幹部より、現幹部の方がいいや」


「……おもしれぇっ!」


 二人は拳を引き、相手に向けて放つ。


 そして、鈍い音が鳴った。

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