神の部下

――何故神は、こんなぬるいやり方をしてる。期限を一年にして、動かなかった後悔を凡人共に与えてやる方が絵になるというのに


――黙れデュオ。俺の前で、あの人を悪く言うな


――しかし……


――聞こえなかったのか、デュオ。叩き潰すぞ


――申し訳ない、ポセイドン


 その目に何も言えなくなった。怖かったのだ。海神ポセイドンの名を与えられたその男には、憧れと共に恐怖を抱いていた。


 故に彼が、意味不明に神と名乗るやつの下に就いているのが我慢ならなかった。


――さぁ、今日から君の名は豊饒神、デュオニュソスだ。デュオ、と親しみを込めて呼ぶこととしよう


 初めは嬉しかった。憧れの彼と同じ立場にいることができると思ったのだから。


 だがその嬉しさは、本当に最初だけだった。


――デュオ、君に任せたいものがある。やってくれるね?


――何故俺が


――君が適任だと、思ったからさ


 裏切りを目論む研究者達の監視と、動き出した場合の排除。汚れ仕事だった。


―やっ、止めてくれ! 我らは仲間――


――裏切っただろう?


 泣き叫び、抵抗も空しく殺される研究者達。彼ら多くの犠牲から、神の力とされるメールは実現された。


 しかしそれを――


――やっと完成したんだね。我の、神の力が……自分が持てないのがとても寂しいよ


 やつははっきりと、自分の力だと言い切った。当時していた面の下で、その目を光らせて喜んだ。


 どれだけの血が流れたのかを知りながら、躊躇もなしに喜んだのだ。神というより、悪魔に見えた。


 その悪魔に、憧れの男が就いていることが余計に許せなくなった。


――何故だ。ポセイドン、何故お前ほどのやつが神の下に就く


――るせぇぞ、デュオ。たとえお前でも、あの人を悪く言ったら容赦しねぇ


――何故なんだ、ポセ!


 彼の裏拳が自分に叩き込まれて吹き飛ばされた。鼻が折れ、激痛が顔面を走る。


――あの人が俺にとって……俺にとって、神のような存在だからだ


 それだけ言った後、彼は何も言わなかった。そしてそれ以来、憧れは崩れ去った。


――今日も参加者は動いてないようですぜぇ、神様


――そうか。動いたときが楽しみだね、ポセイドン


――あぁ、そうだな


 何故なんだ、ゼウスもハデスも、お前らも何故なんだ。


 何故あんな悪魔を神と呼び、慕うのか分からない。完全に理解の外だった。


 今この下水道を、子供一人背負って走っているのは何のためか。


 神をその座から引きずり下ろし、人にして殺す


 そう決めたが故である。


 もう汚れ仕事は数をこなした。だから子供の誘拐で、痛む心はもう持っていない。人を殺すと、簡単にゴミになれると自説を作る。


「追ってきたか?」


 一度止まってみる。他の足音が後方の遠くから聞こえたのを確認して、また走り出した。


「やはり来たか……」


 子供の誘拐は、すぐにバレると思ったからしたことだ。


 そう、これは罠だ。おびき寄せるにはエサが小物かと思いもしたが、掛かってくれて助かった。


 神を見つけ、この手で殺す。そのためにまた、自分は汚れるのだ。もう何も躊躇うことはない。


「俺は本当に……汚れたな。神の部下となったことで、とても」


 後悔はしない。その代わりに後悔させる。自分を少しの間だけでも、部下にしたということを。




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