接触

 毎朝、ニュース番組の最後にやる星座占いを見てから学校に行っていた。時には最下位の時もあるが、さほど気にした事はなかった。だが今日、友達の占いで傷ついている。


 裏切られると言われたが、根拠はない。だがそれを否定しきれない。生涯で初めて、占いで心が揺らいでいる。そんな弱くなった覚えはない。兄の様に親しい人に鍛えて貰い、たくましくなったと思っていたのに。


「俺は……まだ僕のままなのかな」


 植物園の池に浮かぶ大きなはすの葉を見つめ、光輝こうきは呟く。夕日が葉と葉の間に入り込んで池に赤い光を反射させ、光輝の目を細める。もうすぐ閉園時間と言う事もあり、聖陽せいようも今日はいなかった。だから余計落ち込み、考える。


 自分を“俺”と呼ぶのは、聖陽の提案だった。少しは強がってみせろと言う聖陽の考えだが、三年経った今でも自分で違和感を感じる。それでも“俺”と名乗り続けているのは、きっと自分に自信が欲しいのだと自己解釈していた。


――僕にもかっこいいとこ見せてよ


 そう言われたが、かっこいいところなんて見せた覚えがない。自分が傷付かない様に振舞って、結果的にかっこよく見えただけなんだと光輝は心中で繰り返す。


 そんな時だった。光輝の後ろから足音が聞こえた。聖陽かと思って振り向くと、全く知らない人だった。


「綺麗ですね、ここ」


 何て返せばいいのか分からず、はいとだけ言って向き直る。だがその人は光輝の隣に来て光輝を見下ろし、光輝に笑みを向けた。


 銀色の長髪に赤の髪留めを三つ着け、背は光輝と変わらない。白のチノパンを履き、白い無地のシャツの上から白い長袖の上着を着ている。肌まで白という真っ白なその人を綺麗とまで思ってしまったが、声を聞く限り男だった。


「よく来られるのですか?」


「まぁ……はい」


「なるほど。最近の若者はインドア派ばかりですから、こういう所を知っている君はそういう者より世界が広い」


 そういう貴方も大して歳変わらないんじゃ……。


 光輝がそう思っていると、その人は池の方へと進んで手前で止まり、しゃがんで片手を入れた。


「何か悩んでいるのですか?」


「え? まぁ……はい」


 話す様な事ではない。そう思って適当に返事した光輝だったが、その人がクスクス笑い出したのに気付いてムッとなった。


「何かおかしい事、いいました?」


 苛立ちがこもった声で訊くと、その人は笑うのを止めて背を向けたまま話し始めた。


「申し訳ありません。ただ、素直な人だと思いまして」


「素直?」


「見ず知らずの人に悩んでいるか訊かれ、普通は大丈夫ではないのに大丈夫と言ってしまうものです。でも今、貴方はあると渋々ながら頷いた。これのどこが、素直じゃないと? 神宿光輝かみやどこうきくん」


 光輝は思わず立ち上がり、目を見開いた。自分の名前を言われた事もそうだが、何より宿と呼ばれた事に驚いた。


「何で、何で貴方が僕の昔の苗字を知って……」


「辛かったでしょう。離婚なんてされた時」


 十年も前の幼い記憶。おぼろげにしか残っていない記憶だが、一番辛く泣きたい記憶でもある。それが無理矢理脳裏に呼び起こされ、光輝は泣きそうになっていた。


「誤魔化さないで下さい……貴方は、貴方は何者なんですか!」


「名は言えません。コードネーム、ゼウスとご記憶下さい」


「ふざけるなぁっ!」


 高校生になって、初めて上げた怒号だった。

 

 荷物を乱暴に肩から落とし、膝蹴りで飛び掛る。だがゼウスは片手を振ると、池の水を光輝の顔に飛ばした。怯んだ光輝の両肩を押して倒し、その上に馬乗りになる。


「落ち着かなければ、一人の人間にも勝てない。一昨日警視庁の人間を三人も倒してみせたのに。才能はあるが生かせない」


 ゼウスは光輝に顔をグッと近付けた。互いの鼻の先は当たっている。瞳をジッと睨まれて、光輝は悪寒を感じた。


「私は貴方方参加者の捜す神の使者です。たまたま入った植物園で貴方を見つけたので、一度話をと思いましてね」


 ゼウスの瞳の奥で映る光輝の象が歪む。ゼウスが笑みを浮かべ、視野が狭くなったからだった。


「この接触は別に話して頂いて結構ですよ。むしろ私は、貴方に注意をしに来た」


「……注意?」


「急ぎなさい。神を見つけなければ、結果的に人類は滅ぶ。それだけではありません。その結果が表れるまで、参加者の貴方方は一生責められる事となる」


 ゼウスは光輝から離れると、上着を叩いて歩き出した。


「今年の大晦日までに見つけないと、更に展開は厄介になりますよ? まぁ見つけられなくても、大晦日はTVを見ておいて下さいね。神直々の警告があると、思いますので」


 そう言い残し、ゼウスはその場から去って行った。光輝は一人になって、ただ泣く事しか出来なかった。悔しさと怒りと、色々な感情が混じった光輝は、あやからの電話に気付かなかった。





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