富豪遊戯

「ごめんね、光輝こうきくん。土曜日だって言うのにさ」


「いつもそんな事言わないでしょ? どうしたの」


 あやが光輝の家に来るのは珍しくない。Gメールで情報を得てから、度々来ている。ただ珍しいのは、彩が話の始めに謝った事だけだった。


 彩は胡坐あぐらを掻いて座ると、ちょっと待ってと深呼吸を始めた。そして何度かすると、よしと言って自分に話を促させた。


「ねぇ、光輝くん。今から一緒に言って欲しい所があるんだ」


 珍しく黙ったまま俯き、もじもじと手を動かす。今までの彩と違い、はっきりテキパキと言ってこない。それが光輝にとって気持ち悪かった。


「僕の家に……行って欲しい」


 やっと上げた彩の顔が真っ赤だったのに気付き、光輝は動揺した。自分の家に光輝を入れるのがそんなに勇気のいる事なのかとも思ったが、彩の表情を見る限り、相当な勇気がいるのだと光輝は思わざるをえなかった。


「僕、家には全然帰ってないんだ……いつも家に帰らないで、知り合いの家に泊めてもらってるんだけどさ。今日、どうしても僕の父親と話をしなきゃいけない。だから君に、隣にいて欲しいんだ」


「えっと、彩さん……大丈夫?」


 光輝に言われて首を傾げると、彩は自分の頬を涙が伝っているのに気付いた。いつもはしない誤魔化しの笑みで笑う。


「おかしいな。君の家で泣く積りは全然なかったのに……申し訳な――」


「泣いていいよ、全然。向こうに行って泣かない様に、ここで泣き尽くしていいから」


 光輝がそう言って彩の前でしゃがむと、彩は軽く笑った。


「女の子にうんと泣けなんて言ったら君、最後は寝ちゃうよ。女は泣き疲れるまで泣いて眠るんだから」


「……そうなの?」


「知らない。世間がそう言ってるだけ。でも、ありがとう」


 光輝の肩に額を押し当てて、彩は深呼吸を繰り返した。結局最初だけで後は泣かず、光輝は彩が笑って顔を上げたのを見て安心した。


「行ける?」


「……こういうときの君は凛々しいと言うか、頼もしいな」


 光輝の住むマンションから徒歩で一時間。彩の家だと言う二階建ての一軒家に到着した。


 建ってまだ新しいのか白の壁には汚れが殆どなく、広い石詰めの庭が玄関以外の周囲に広がっていた。玄関への石階段を上がり、彩が深呼吸を済ませる。


「よし! お久し振りでぇす!」


 鍵、開いてるんだな……。


 彩が玄関のドアを開けると、そこには青いシャツを着た見た目二〇代くらいの男性が立っていた。二階の階段から降りて来たらしく、階段の前で彩を見つめていた。


「彩か」


「た、ただいま帰りました」


「うん、まぁいい。家出など、その年代ならよくやる事だ。すぐに風呂に入って泥を落としなさい」


 そう言って男性は奥へと歩いて行った。だが同時に、光輝は男性の言う“泥”が気になった。今の彩の服や体のどこにも泥など着いていないし、最近雨も降っていない。故に泥など着くはずがないのに。


「……光輝くん、付いて来てくれ」


 男性が歩いて行った奥の方に進み、最奥のふすまの前に立った。彩が思い切り開けると、先程の男性が座布団の上で胡坐を掻いていた。


「風呂は後か……まぁ、座れ」


 二人は男性に向かい合う位置に座り、正座で座った。部屋は今の三人には合わない和室で、部屋の中央には囲炉裏もあった。丸枠の窓の外で、ししおどしの音が響く。


「何の用だ、彩」


「仕事の都合で存じているか分かりませんが、お父さん。今年新年のTVかラジオをご覧になられましたか?」


「察しの通り、私は知らん」


 お、お父さん?! こんな若い人が?!


 光輝が驚く隣で、彩は冷静に話を続ける。


「新年零時の放送が神と名乗る者によって一時的に乗っ取られ、あるゲームを仕掛けてきました。三年と言う月日を掛け、神と名乗った者を捜すというものです。そしてその参加者として、神は二六名を指名してきました。その内の一人に、僕が選ばれた」


 彩父は興味なさそうに手を伸ばし、近くの埃を囲炉裏に払い入れた。それでも彩は話し続ける。


「それから早四ヶ月、全三六ヶ月と考えると、九分の一を使い切っても神は見つけられずにいます」


「それを私に話して、助けでも乞いにでも来たのか?」


「いえ」


 彩が間もなく返した時、父の動きが止まった。彩の方を向き、伸ばしていた腕を引っ込める。


「では、何故語る」


 彩の手が光輝にゆっくりと伸びる。光輝はどうすればいいのか正直分からなかったが、彩の横顔を見てそっと手を置いた。


「このゲームは富豪の仕掛けたゲームだと聞き、私は嫌々ながらここに戻ってきました。ここにいると悪寒がして、体中痒かゆくなる! だから率直に話して頂きたい。このゲームを神と名乗るやからにさせている富豪の一人、それがお父さんであるのかどうか!」


「あぁ、そうだ」


 彩が強く握り締める手を、光輝は強く握った。彩が一瞬振り返り、光輝に笑みを見せてから彩父に向き直る。彩父は特に動揺も何も見せず、首を回した。


「で、何だ。私にヒントでも聞きに来たのか?」


「いえ、お父さんの様に周囲に興味を持たぬ人が今のゲームを知ってるとも思えません。ですから、ゲーム自体は僕達参加者がどうにか致します。僕が知りたいのは、何故こんなゲームを企てさせる事になったのかです」


 彩父は自分の肩を叩いてもう一度首を回すと、二人に冷たい視線を向けた。


「他の連中がどういう思いでこのゲームを見てるのかは知らぬが、私にとっては遊戯ではない。このゲーム、私はお前達では見つからぬ方に賭けている。それが当たれば、他の企業から全ての情報を得られると言う、賭けをな」


「……分かりました。行くよ、光輝くん」


 彩は光輝の手を引いて家を出た。彩父は何も言わず、その場から動かなかった。彩の後姿を見る目を光輝は見ていたが、その目は景色を見る目と変わらなかった。


「ごめんよ、光輝くん。僕のお父さん、やっぱ絡んでた」


 帰り道、寄った公園のシーソーに座って彩は俯いて言った。酷く疲れた様子で、顔を見せない。


「どんな仕事してるとかは知らないけどさ……僕の口座がいつもすごい額なのに気付いて怪しく思ってたんだ。でもまさか、富豪って呼ばれる部類だとは思わなかったよ」


「彩さん……大丈夫?」


 彩は首を横に振った。立ち上がって空を見上げるが、いつもの明るい目ではなかった。先程の景色を見るような彩父の目を思い出す。


「でも負けられないね。ったく……娘が頑張ってるって知っても表情一つ変えないんだもんな……参ったよ」


 何も言えない光輝は自分を責めた。自分が落ち込んでる時は背中を叩いてくれたのに、何をしていいのか分からず結局何も出来ない。


「今日のところは帰るよ。じゃね、光輝くん。手……握ってくれてありがとうね。安心出来たよ」


 彩はそれだけ言い残し、その場から去って行った。


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