保障と根拠

「光輝くんそれすごい情報じゃんか! やったね!」


 登校中に会ったあやに博物館での出来事を伝え、タッチする。光輝こうきは一昨日の事でまだ疲れていたが、そこはいつもどおり笑って隠した。


「しっかし博物館に泊まるとは、白川しらかわ家もただの家じゃないね」


 神社の時点で普通じゃないと思うけどなぁ……。


「そんなおもしろ企画、何で僕も誘ってくれなかったのさ? 誘ってくれれば行ったのに」


「おもしろ企画って……あれは頼まれて行ったんだから……」


「だからこそさ」


 彩は自分の胸を指差して胸を張った。


「頼まれ事だからこそ、僕も連れて行って力になりたかったよ」


「あぁ……その、ごめん」


 頭を下げた光輝の背中を笑って叩き、彩が走り出した。振り返り、手を挙げる。


「ほらほら! そうやって落ち込みながら歩いてると、遅刻するぞぉ!」


 光輝は溜め息をついてから走って彩に追い付き、そのまま二人で走った。


「あぁ……ギリギリセーフ」


 三年生の教室に入り、彩は適当に座った席でうんと体を伸ばした。光輝もその隣に座り、胸に手を当てて息を整える。彩は机に伏せ、光輝の方を向いた。窓側なので日光が入り込み、彩は眩しそうにしながら話しかける。


「さっきの続きだけどさ。とりあえず、三つは新しい事が分かったよね」


「あぁ、霧黒さんの事と富豪が仕組んだゲームって事と……あれ?」


「神捜索ゲームで、惜しくも逃しちゃった青年がいるってことさ」


 光輝は思い出した。そもそも富豪のゲームという情報も、その青年が警視庁との取引で与えた情報だった。彩は正面を向き、誰も居ない方向を睨みながら話を続けた。


「その青年がどういう手で神を見つけられそうになったか、僕はすっごい興味があるね。まぁ、警視庁と手を組んだ僕達と協力してくれるかは――」


 光輝が立ち上がったのに気付き、彩は目を細めて光輝を見上げた。光輝が何か言いたそうにしてるのを見て、彩はハッとなった。


「ごめんごめん! 話してなかったんだよね、光輝くん。勝手ながら先日、あの二界道にかいどうって言う警部さんと手を組んだんだ」


「二界道って、公園であった人?」


 光輝を指差し、彩が正解と笑って言う。だが聞く側の光輝には、笑う余裕がなかった。


「警視庁が僕らのメールでいい思いをしようとしてるって聞いて、あの人と同盟を組んだ。僕が警部に出した条件は、僕と僕の周囲の参加者の安全とメール所持の権利」


「……向こうの――警部さんの条件は?」


「メールの能力公開と、神捜索の援助」


「公開?!」


 思わず声を上げる。だが周囲の人々は自分達の話題で盛り上がり、光輝達を見る者はほとんどいなかった。彩が組んだ腕の中に顔を伏せ、続ける。


「無論、彼と彼の同盟の人だけにだよ。警視庁本部にバラしはしないさ」


「そうしないって言う根拠は……ないよ?」


 光輝の方を向き、彩がまた黙る。空は雲が覆い、日差しは教室に届かなくなっていた。結んでいる後ろ髪を弄くり、彩は溜め息をつく。


「確かに、警部さんが約束を守るっていう保障も、根拠もない。でもそれは僕達も一緒さ」


 光輝に座る様手で促して座らせると、彩は伏せていた上半身を起こして頬杖をついた。


「僕達がメールの本当の能力を明かす保証も根拠も、あの人達にはない。僕が嘘をついたって、彼らは咎め切れないのさ。その逆もね」


 危険な賭けだ。


 相手は何せ、メールを奪いに来てる本体。それに属する人間と同盟を組んで、無事でいられる保障も根拠もない。会った時、彩は信じられないとも言っていたのに同盟を組んだ。その意図が光輝には分からなかった。


「とにかくだ」


 彩の言葉で我に返り、光輝は再び話を聞く姿勢に入った。その姿勢になるまで、彩が待っていてくれたようにも思えた。


「僕達は負けないし負けられない。その為の同盟だと思って欲しい。まぁ別に強制はしないから、抜けても構わないよ」


「……酷いな。その同盟に入らなければ、安全も所持の権利もないんでしょう? 所持の権利はまだいいとして、安全の保証がないのは困るよ」


 光輝がそう言ったのを聞いて彩は一瞬固まった。だがすぐに立ち上がり、光輝の背中を叩いた。


「なぁんでこんな話したと思う? わざわざ、君からの信頼を失う事を」


 光輝が何も言わずに俯くと、彩は光輝の肩に寄りかかってその肩に手を置いた。


「意外に鈍感だなぁ、君も! 僕が君に、それだけ期待しているって事だろ?」


 光輝がまた驚いて言葉を失ってると、彩は笑顔を見せた。光輝と違って、誤魔化しでも作り笑いでもない。自然な笑顔だ。


「君が博物館で何したか。実は昨日、結衣ゆいちゃんから聞いてるんだ。かっこいいじゃないか、か弱い女子の為に慣れない事までしてさ」


「そんな事は――」


「かっこいいとこ、今度は僕にも見せてよ?」


 その後、明海のHRが始まった。クラス分けもなく始業式だけだったが、光輝はいつもより長い時間を体感していた。


「光輝くぅん? あれ、光輝くぅん?」


 帰りのHRが終了し、彩は光輝を探していた。一緒に帰る積りだったのだが、どこにも見当たらない。するとそんな彩に気付き、違うクラスの浜崎はまさきティア・フレイが声を掛けてきた。金の長髪に赤いカチューシャを着けている。


「コーキクンをお捜しデスカ? さきまでいましたケド……」


「あったのかい? ティアちゃん」


「ハイ。思いツキテイタ……じゃなくて、思い詰めていたヨースだったカラ、Fメールでうらなたンデス。そしたらコーキクン、また元気なくしちゃて」


「それって、どんな内容?」


 ティアが彩にメールを見せると、彩は頭に手を当てて息を漏らした。


『今は用心。信じていた人に裏切られるかも』


「こりゃ、今の光輝くんには追い討ちだよね……」





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