凛として

 もう朝……寝た気がしない――!


 部屋に入り込む朝日でもなかなか頭が起きない光輝こうきだったが、この時はすぐに目が覚めた。肩に重みを感じると思って振り向くと、ソファーで横になっていたはずの結衣ゆいが光輝の隣で座って寝ていた。しかも、光輝の肩に頭を寄りかからせて。


 う、動けない……。


 一七年生きてきて、こんな経験はない。どうすれば良いのか分からず、光輝はまた寝ようとするが、驚きで完全に起きてしまって寝れそうにない。


 結衣を起こさない様に抜けようとも試みたが、少しずれただけで結衣の寝言が聞こえて抜け出せなかった。何と言っているかは、分からなかったが。


 緊張で変に汗を掻いてきた。今気付けば、結衣の手まで自分の手に重なっているではないか! 余計に緊張してしまい、気付いた事を後悔する。


「ん……んあ? あ、光輝さん……おはようございます」


 結衣が起きた事に安堵し、光輝は挨拶を返した。何故結衣が隣にいるのかは分からないが、とりあえず離れられると思った。結衣もこの状況を悪いと思い、すぐに跳んででも離れてくれるとそう思った。


「光輝さん……脚、痺れちゃいました」


 ここで麻痺?!


 思わぬ事故に光輝は動揺する。とりあえずこの状況を脱する事で、光輝の頭はいっぱいだった。


「えぇっと……とりあえず、俺が離れ――」


「今離れたら、倒れちゃいます」


「そ、そっか」


 あっさり作戦失敗してしまった。冷静に考えれば、結衣は腕が使えるので倒れる訳はない。だがそんな事も分からなくさせるほど、光輝は焦っていた。故にその隣で、結衣がはにかんでいた事にも気付かなかった。


「おはようございます。お二人共、寝れましたか?」


「はい、ありがとうございました」


 霧黒むくろと事務室で話をする結衣の後ろで、光輝はぐったりしていた。起きてからまだ三〇分程度しか経っていないのに、酷く気疲れした気分だった。


 事務室でコーヒーを飲み、結衣と光輝は荷物を持った。霧黒が見送りたいと言って、博物館の入り口まで付いて来てくれた。


「お二人が私と同じ参加者だとは驚きましたが、やるべき事は変わりません。神を見つけると言う責務のもと、見つけ出すま――」


 カーペットがずれていることに気付き、修正する。霧黒の神経質は絶対に変わらないと、二人は確信した。


「また新しい情報がありましたら、お願いします」


「えぇ、勿論です」


 光輝と霧黒が握手を交わす。これにもこだわりがあるのか、霧黒は自分の腕が真っ直ぐ伸びるように半歩下がった。


「では白川様、お父様によろしくお伝え下さい」


「はい、霧黒さんもお元気で」


 霧黒に見送られ、二人は博物館を後にした。バス停までの道の途中、結衣が話しかける。


「昨日、警視庁の方から情報を聞いていましたよね?」


「……いたの?」


「はい、気になって」


 光輝が頭を掻いて言葉を探していると、結衣は笑顔で光輝の方を向いた。


「私、結構前からいたんですよ? だからその……光輝さんのかっこいいところも……はい、見てました」


「別にかっこよくないよ。話して分からないからって、暴力で片付けただけだから」


 真っ直ぐ前を見て言う光輝に、結衣は見惚れる瞬間があった。すぐに行く先を見つめ、笑って誤魔化す。


「これって、本当にゲームだったんですね」


「辛いよね」


「はい、辛いです」


「……意外に正直に言うなって、思っちゃったよ」


 結衣はまた笑って誤魔化した。富豪のゲームに付き合わされ、死ぬ思いをした結衣が辛くない訳はない。だがそれを慰める術を、光輝は持っていなかった。こんな時に限って、Eメールは役に立たない。


「神様、見つけられると――」


「見つけられますよ」


 結衣の即答に驚く。結衣はそのまま俯いて続けた。


「二六人もいれば、絶対に」


「全員が……神を捜そうとしてる訳じゃないかもしれないよ」


 実際光輝は捜したくない方である。


 飛び掛る火の粉は払っても、自ら火の海に飛び込もうと言う気はさらさらない。光輝の本心を知らない結衣には、裏切りと映るかもしれない。


「結果的に捜し出します。皆、それぞれの目的とか考えが、神様に向いて行くと思います。私だって、神様に文句言いたいですもの。だから、見つけ出せます」


 凛とした態度で言い切った。自分を巫女だと名乗ったあの時もそうだったが、結衣の言葉には力を感じた。光輝は空を見上げ、息を漏らす。


「そうだね。きっと」


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